映画評「劇場」

☆☆★(5点/10点満点中)
2020年日本映画 監督・行定勲
ネタバレあり

又吉直樹の作品では芥川賞を受賞した「火花」を読んだ。映画版も観たが、小説より映画版のほうがピンときた。本作はその又吉文士(笑)の次作の映画化である。

小劇団を主宰する永田(山崎賢人)が、青森県から上京して服飾系の大学に通っている沙希(松岡茉優)と知り合う。意気投合して恋人となった彼女をヒロイン役に起用した芝居は成功するが、その後彼女を起用することはなく、次第に行き詰る。
 自意識が強くて繊細な余り、色々と尽くしてくれる彼女に対して彼は決して優しい態度を示すことが出来ず、彼女を追い込んでいく。仕事を掛け持ちして飲み屋の仕事に出たこともあり、彼女は酒に溺れていき、遂には故郷の青森に帰ることにする。

というお話で、最後は引越しの為にアパートに戻って彼と一緒に部屋を整理しているうちに、思い出の芝居の台本が出て来る。二人は芝居の延長で真情を吐露していると、やがて四方の壁が崩れてそれが舞台上であることが判って来る。
 厳密には最後の一幕の最終場面だけが舞台上であるのだが、いずれにしても、それが作者たる永田の自伝的内容であるのだから、それが即ち芝居全体の内容と言えるわけで、それまでの全てのお話を入れ子にした作品と解釈できないでもない。先日再鑑賞した今村昌平の「人間学入門」(1966年)もそんな感じだった。

お話自体は「火花」より普遍性があり、好きである。主人公は自己中心的と言っても馬鹿なのではなく、繊細なのに自意識過剰なので、相手のことを考えて常に下手(したて)に出る沙希に高圧的な態度に出てしまいがちである。しかるに、性格が変に一貫しない。演劇論的に、アリストテレスの論を出すまでもなく、一貫のしなさが一貫しないのが弱点。
 酒に逃れようとした沙希は、それでも、東京に息苦しさを感じで考えていた帰郷を先延ばししてくれたと感謝する。昔風というのとは少し違うが、こんな女性はなかなかいませんぞ。

最後の二重構造は一定の工夫と感じさせるが、人物の配置、地方出身者が見る東京といった作品の構図など全体として着想が凡庸ではあるまいか。凡庸さ以上にしんねりした内容がしんどいものの、主人公が苦しい時間を乗り越えて現に芝居を発表を見せている幕切れにやっと希望が感じられてホッとできるのは良い。

原作者の又吉文士の話をすれば、多分彼は本作を平成の太宰治小説のつもりで書いたと思う。主人公の性格造形に太宰の小説群あるいは太宰自身の影を感じるのは僕だけではあるまい。ヒロインが青森出身なのも太宰を意識したからだろう。

遥々来たぜ 東京へ~

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