映画評「朝が来る」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2020年日本映画 監督・河瀬直美
ネタバレあり

前回の「Vision ビジョン」は形而上的でピンと来なかったが、最近の河瀬直美監督とは概ね相性が良い。その前の「」が素晴らしく、今回は辻村深月の小説を映画化したということもあって従来より幅広い観客層に受けそうである。

精子の事情で妊娠を諦めた栗原夫妻(井浦新、永作博美)が、逆に子供を育てられない親から子供を特別養子縁組する方法があることに気付く。それを仲介する浅見静江(浅田美代子)経営の “ベビーバトン” と契約、中学生・片倉ひかり(蒔田彩珠)の産んだ子供を朝斗と名付けて大切に育む。
 ところが、来年にも朝斗君が小学校に上がるという時になって、母親を名乗る若い女性から栗原家に脅迫電話がかかって来る。諸事情から相手が偽物と信じた妻の佐都子は、最終的に “私は母親ではありません” と謝罪する女性に出て行って貰うが、他日、勤務先の新聞配達店主人と共に警察が行方不明者捜査に現れ、その結果くだんの女性が当人であることを知る。
 子供を貰う時に受け取った手紙に少女の母親としての切なる思いを知った佐都子は、ひかりを捜し当てる、その場に朝斗君も伴って。

蔵原家を訪れる女性をめぐっては多少ミステリー的な作りであり、その解決部分に多少の疑問がある。どうして警察はひかりがこの栗原家を訪れたと解ったか? 佐都子はどうやって彼女の居場所を掴んだのか? 左脳人間故にこうしたところが気にならないでもないが、後者については寧ろ省略が効いたと好意的に理解しておきたい。朝斗君を最初に見せないのも上手い。
 観客としてもこの若い女性は誰かという問題が暫く尾を曳く。映画は、敢えて似た女性を複数出して来る。途中のチンピラヤクザもミスリードである。実際僕はそそっかしくも、仲の良い同僚女性により理不尽にも背負わされた借金の為にひかりが栗原家を脅迫したのかと思ったが、違った。

映画は三分の一くらいを栗原家に割き、半分くらいをひかりに割き、最後にこの二者が一体化して収束する。中核を成す部分では、ひかりが何故子供を産むまでの経緯、仲介するベビーバトンの広島の施設での生活、両親との疎隔で家を出た後の艱難辛苦の日々が綴られる。

暫くは子供を持てない夫婦と、子供を育てられない親という組合せはこれ以上ない配剤と思って観ていたが、愛する少年との間に出来た子供へのひかりの愛を見るとそう簡単に割り切れないものとひどく心が痛んだ。だから、幕切れに大いにホッとするのである。
 特別養子縁組はそこまで普遍性がないが、実と育てを問わず、親の愛については極めて普遍的で、本作の価値はそこを見せることである。中には自分の幸福の為に自分の子供を殺す怪しからん親もいるが、そうした中でも愛がなかったと言い切れない母親が多いのはないかと思う、翻って、父親の場合は実際にも愛情がないのだろう。男女におけるこの懸隔は僕らがぼんやりと考えているよりずっと大きいのではないか。

河瀨直美の映画はセミ・ドキュメンタリーである。その中でも、本作ではそれこそドキュメンタリーを思わせる入れ子構造(その部分の聞き手として有働由美子が声のみの出演)を取っている。そして、初期の「萌の朱雀」(1997年)に似て、複数タイプの演技の混在(恐らく僕独自の措辞)が目立つ。
 引き渡しの場としてのベビーバトンを最初に見せる場面では、井浦新、永作博美、浅田美代子以外は多分素人であろう。素人は台本を持たせてしまうと鑑賞に堪える演技ができないので、俳優たちが当事者の如く本物もしくはそれに近い空間に入り、素人たちに対し即興的にふるまう。かくして素人は素のままであり、こうした場面群は本物のドキュメンタリーに等しい。これが演技の混在である。

「萌の朱雀」と言えば、現在の人気女優の一人・尾野真千子のデビュー作。僕は彼女はこの一作で一般人に戻ると思っていた。ところが、10年後くらいから出演作を相次いで観ることになってビックリした。本作の蒔田彩珠はデビュー作の尾野真千子を思い起こさせる。彼女を見るうちに必然的に僕は「萌の朱雀」に飛んだのである。

即興演技というのは、うまく言えば、効果的なのだろうが、実際にはそう上手く行かない。独自の間が映画独自の間に慣れた観客にとって、却って不自然になるのである。河瀬直美はその点上手くこれを俳優たちにさせることが出来る演出家であるが、本作の浅田美代子の演技には本当に感心させられた。「赤い風船」を歌っていたあの美代ちゃんがこんな名女優になると誰が予測しただろうか?

♪朝が来る きっと朝は来る~ と大黒摩季「夏が来る」のメロディーに乗せて歌っております、最近。

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