映画評「白い指の戯れ」

☆☆★(5点/10点満点中)
1972年日本映画 監督・村川透
ネタバレあり

WOWOWが50周年と称してにっかつロマン・ポルノを特集している。後に一般映画で実績の残す監督の作品に集中して注目作が多い。
 特に、村川透監督のこの第一弾は、【キネマ旬報】で10位に入ってい、僕も以前から観たかった作品だ。東京時代、名画座で観るチャンスはあったのだけれども。

東京の喫茶店でレッカー車を見て泣いていたうぶなハイティーン少女伊佐山ひろ子を調子の良さそうな若者・谷本一がナンパする。彼と生まれて初めて性交渉を持った彼女は、しかし、彼が窃盗で逮捕されたことを知りがっかり。何かと二人に絡んで来る女性・石堂洋子によれば、彼は窃盗の常習犯で、彼女自身もスリの常習犯とのこと。
 暫くして彼と刑務所で知り合ったという泥棒・荒木一郎と昵懇になり、集団で窃盗を働くグループに協力するようになっていく。が、バスの中で分担して働いたスリで犯行がばれそになった荒木の為に彼女は自ら犯行を告げ、単独犯として服役することになる。

うぶな女性が限られた男性経験の中で惚れた男の為に犠牲になっていくという話は案外古臭い。掏った荒木は現物を持っていないので黙っていれば無罪放免になるのをヒロインが自白するというのは不合理で、犠牲になることで恩を売るという目的以外には、理解しかねる。
 仮にそうだとしても、荒木のようなアナーキーな男は、そういう古風な献身を嫌うのではないかと想像され、映画の後の彼女の人生が心配になり、どうもしっくりしない。

反面、反体制的な男たちがアメリカン・ニューシネマ的であるが、それ以上に荒木一郎扮する泥棒は「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」のジャン=ポール・ベルモンドに近い人物造形のように感じられ、ちょいと魅力的である。しかし、本作のアナーキー男は彼らと違って滅びない。

望遠やロング・ショットを多用するのはこの時代のにっかつロマン・ポルノには割合多いが、ヒロインを隠す遮蔽物を利用したカメラや俯瞰撮影がなかなか生かす。

その代わり、背景音楽は一部を除くと感傷的で安っぽいものが多く、全く良くない。寧ろ泥棒たちが色々と歌う戯れ歌や春歌のほうが、共同で脚本を書いた神代辰巳のやけくそ趣味がよく反映されていてぐっと興味深いと言ったら言い過ぎだろうか。

本作はにっかつロマン・ポルノで初めて【キネ旬】のベスト10に入っただけでなく、今でも活躍する伊佐山ひろ子がその年の女優賞を獲った。“ポルノ女優が女優賞を獲るなんて”と言って、頭の古いベテラン批評家が【キネ旬】を去ったという後日談がある。

タイトルは、性戯とスリの技を掛けたダブル・ミーニングだろう。神代辰巳が絡む作品の題名には「恋人たちは濡れた」など掛詞が多い気がする(桑田佳祐が中村雅俊に提供したヒット曲「恋人も濡れる街角」と似た趣向)。

分業スリの映画と言えば、ジェームズ・コバーン主演の「黄金の指」というのがあり、この翌年に公開された。当時はまだそういう犯罪も多かったということだろう。

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