映画評「キャッツ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2019年イギリス=アメリカ=カナダ=オーストラリア=日本合作映画 監督トム・フーパー
ネタバレあり

有名舞台ミュージカルの映画化史上、英米において最悪とも言える(ような)評価を得たらしい。それは IMDb における2.7という評価を見ると容易に理解できる。5点満点なら妥当かもしれないが、かの満点は10点であるから、我が邦の【Yahoo!映画】における3.3/5点満点に比べていかに酷評されているか解るというもの。

作曲はミュージカルでお馴染みアンドリュー・ロイド・ウェバー。幾つかのナンバーを聞くうち旧作「ジーザス・クライスト・スーパースター」の曲群を思い起こす。

ロンドン。路地裏に捨てられた雌白猫ヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)が迷い込んだのは猫の集団ジェリクルキャッツ。彼らによる、再生する猫一匹を決める舞踏会を開かれようとしている。
 そのチャンスを得ようと候補者を次々と誘拐するのが悪魔の如きマキャヴィティ(イドリス・エルバ)で、決定権を持つ長老デュトロノミー(ジュディ・デンチ)まで誘拐する。それに対し老いを禁じ得ない劇場猫ガス(イアン・マッケラン)以下が弱い者の力を結集して抵抗、見事にその計略を阻止する。
 長老は、ヴィクトリアが連れて来た、今はみすぼらしくなった娼婦猫クリザベラ(ジェニファー・ハドスン)を再生する猫に選ぶ。

というお話があるにはあるが、殆どが猫たちの紹介に費やされ、台詞も印象に残らない程少なく、ほぼナンバーによって進められていく。こうした方向自体は舞台と大して変わらないらしいので、元来、お話の面白さで観るべき作品ではないということは理解できる。

英米の評価で主に沙汰されているのは、視覚効果らしい。恐らく、ここ20年ぼつぼつ作られてきたパフォーマンス・キャプチャーの類によって作られている筈だが、僕はこの手の発想自体に最初から抵抗感がある方だから、その出来不出来に拘らずさほど褒めないにしても、同時に、英米の批評家による態度には納得しかねるものがある。そもそも具体的にどこが悪いのか解らなすぎる。
 ただ、ここで示唆するものがあるとすれば、人間が猫を演じるという非現実的な見世物は、舞台で生身の人間がやると映えても、映画という形でコンピューターによって作られ過ぎては面白くも何ともないということだ。英米の批評家は、そうした映画論的な視点を欠いている。視覚効果が(気持ち悪いといった)問題ではないと思われる。

いくら舞台がよく知られているとは言え、そこで再現されているナンバーについて殆ど言及がないのもどうだろうか。僕が知っているナンバーは「メモリー」だけだが、この曲が再び歌われる場面はそれまでボーっと見ていた僕も多少胸を打たれた。お涙頂戴ですがね。

趣味の悪いものもあるが、ナンバーはバラエティに富んでそれなりに楽しめる。しかし、ボーっと観ていたので、その一々を紹介できないし、二度観る気も起らない。悪しからず。

昨日はキャッツならぬスワローズが勝ったよ。

この記事へのコメント

2021年11月22日 20:21
未見なんですが、予告編の動画は見ていて、たしかになんだか気持ち悪いようなでも目が慣れてくるとやっぱりダンサーはうまいし歌はうまいし、でも……みたいな印象がありました。見たいような見たくないような。
 昔なら衣装とメイキャップでミュージカルとしてやったんでしょうし、いまだってできると思うんですけど、映画だからリアルに、みたいになっちゃうのかなあ。
 どうせそれなら、最近ディズニーがよくやってるみたいに完全にCGでネコさんにやらして、歌だけ歌手にうたわせたほうが、映画としてはたのしめるものになったような気もします。
オカピー
2021年11月22日 21:20
nesskoさん、こんにちは。

>たしかになんだか気持ち悪いような

あははは。やはり気持ち悪いですか^^

>CGでネコさんにやらして、歌だけ歌手にうたわせたほうが、映画としてはたのしめるものになったような気もします。

僕もそう思います。実写に拘る必要はなかったでしょう。

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