映画評「ノマドランド」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2020年アメリカ映画 監督クロエ・ジャオ
ネタバレあり

今年(2020年度)のアカデミー賞で監督クロエ・ジャオが中国系ということが大いに話題を呼んだ秀作。アジア系だの中国系だのと話題になるのは少々気に入らない。寧ろ映画の作り方が話題にならないといけない。

2011年石膏関連の会社が閉鎖され、その従業員と家族が住む町エンパイアもなくなる。
 その住民であった60代女性フランシス・マクドーマンドが、既に夫もないことがあり、一人荒野を彷徨うノマド(遊牧民)の生活を始める。彼女の場合は、アマゾンの集配センターで働くなどし、一種の季節労働者のような雰囲気も漂わす。ノマドたちの集会にも参加する。
 その仲間でノマドをやめた同世代男性デーヴィッド・ストラザーンの家を訪問するが、彼は既に家庭人に戻っていたことに気付く。
 いつか再会することを願って(?)夫と過ごしていたはずのエンパイアの社宅に立ち寄り、ノマドとしての旅を続ける。

実話に基づいたドラマであり、実際にノマドたちの過ごしている生活を捉えている準ドキュメンタリーである。

日本映画で近いのは、河瀨直美の映画であろうか。
 本作では、フランシス・マクドーマンドとストラザーン以外本当のノマドが実名で登場する。二人の実績ある俳優を一般人の中に置くのである。河瀬作品の場合は出演者・登場時間の比率の違いもあってプロ俳優と一般人の区別が容易につくのに対し、本作はそれを許さないような作り方をしている。
 河瀬作品においては一般人は登場時間が短く演技の外(地のまま)にあるが、本作の場合は主要ノマド役はヒロインとの間で長く会話するので、何らかの演技指導が欠かせないわけである。一般人がプロに伍する演技をし、プロが台詞でないように台詞を吐く。かつてロベルト・ロッセリーニが「ストロンボリ」で同じようなことを試みたが、スターシステムの時代のせいか、僕の目には主演のイングリッド・バーグマンが素人の中で浮いて失敗した。本作は、それとは対照的な成果を上げていると言うべし。

この監督は、只管ヒロインとノマドを観照的に捉える。新自由主義による弊害もフェミニズムも沙汰しない。肯定的ではあっても積極的にはヒロインの生き方の評価(良し悪しの判断)をしない。この態度が断然素晴らしい。

ヒロインの言う、ホームレスではなくハウスレスというのも示唆深い。つまり、彼女は孤独を求めて一人でいるわけでもないので、積極的に仕事もし、人とも交わる。寧ろ亡き夫が恋しく、ストラザーンの家を訪れるのも人恋しさ故だろう。人の生き方には色々あって良い、と表明している作品だと思う。

評判通りフランシス・マクドーマンドが好演している。撮影も見応え十分。大きなスクリーンで観るのがふさわしい。

フランシス・マクドーマンド、この映画の後フランシス・ノマドランドに改名、なんてことはないです。

この記事へのコメント

2021年11月10日 06:30
<撮影も見応え十分。大きなスクリーンで観るのがふさわしい

全くそうですね!

クロエ・ジャオ の新作は「エターナルズ」で予告編などをみるに
引き続き大自然を上手に切り取ってますね。

とはいえ、ヒーローものにはとっくに飽き飽きしているので、
間違いなく観には行きませんが...
オカピー
2021年11月10日 21:52
onscreenさん、こんにちは。

>ヒーローものにはとっくに飽き飽きしているので、
>間違いなく観には行きませんが...

もう大分前から僕は映画館へ行かなくなっているのですが、全く同意ですね。
衛星放送に出てきたら、観ても観なくても同じ料金なので、観ますが。
2023年12月02日 08:19
とてもよかったです。ただ画面を見ているだけで満たされる、そんな映画でした。主人公ファーンが、夫と住んでいた社宅から砂漠が見えて、遠くの山までさえぎるものがなく広がってる、それがよかったと語るのを聞いて、ノマドになる資質があったんだなと思いました。
オカピー
2023年12月02日 19:34
nesskoさん、こんにちは。

>ただ画面を見ているだけで満たされる

そうでしたねえ。
準ドキュメンタリーとしてカメラが大活躍した印象です。

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