映画評「幻の女」(1944年)

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1944年アメリカ映画 監督ロバート・シオドマーク
ネタバレあり

コーネル・ウールリッチのサスペンス小説「幻の女」(ウィリアム・アイリッシュ名義で発表)は、大学生のとき先が読みたくて止まらず、一度も中断せずに読み終えてしまった。それから十数年後TV(衛星放送?)で観たが、そんな原作と比較すれば、つまらないと言いたくなるのはやむを得ない。
 とは言え、原作を知らずに観る人は相当楽しめるのではないかと思う。

浮かない顔をした実業家スコット・ヘンダースン(アラン・カーティス)がバーで出会ったそれ以上に浮かない顔をした、特徴的なデザインの帽子を被った女性(フェイ・ヘルム)を劇場のコンサートに誘う。コンサートの女性歌手が彼女と同じ帽子を被っている。女性は名前を名乗らないまま消えていく。
 彼が家に戻ると3人の刑事が待ち受けてい、その先の部屋では出かける前に口論した妻がネクタイで絞殺されている。かくしてスコットは逮捕され、殺害発生時刻には名前も知らない帽子の女性と過ごしていたとアリバイを告げるが、美人秘書キャロル(エラ・レインズ)以外彼の言うことを信じず、有罪を宣告されてしまう。
 キャロルは帽子の女を突き止めるべくバーへ出かけ、何故か真相を吐こうとしないバーテンを追い続けた結果彼は事故死する。刑事の一人バージェス(トーマス・ゴメス)は、信じがたいことを言い続けるからこそ彼を無罪と思うので個人的に捜査を続ける、と彼女に言う。
 これに元気付いた彼女は、楽団のドラマー(エリシャ・クック・ジュニア)に色仕掛けに迫り、彼がある男に賄賂を貰って女性について嘘をついたことを認める。しかし、バージェスと戻って来ると、ドラマーがヘンダースン夫人と同じように絞殺体で発見される。段々袋小路に入って行く。
 それでも、彼女は既に出発していた女性歌手の注文していた高級帽子店の名前を突き止め、同じ帽子を作らせた婦人の名前を知ると、ブラジル旅行から帰ったばかりの彫刻家で彼の知人ジョン・マーロウ(フランチョット・トーン)とその家に駆け付ける。

本格ミステリーではなくサスペンス寄りだが、探偵二人(原作では愛人となっているキャロルと刑事)が解明に近付いていく大きな謎に立脚して、処刑までの期日を一々章タイトルにしていることによるタイム・リミットによるサスペンス性と相まって、原作ではそれが先を読みたいという興味を強く喚起した。
 しかし、映画は、映像があって観客に情報を過多に与えている為、マーロウが登場してから余り面白くなくなる。彼はパラノイア故に様々な奇妙な行動をするのが露骨に目に入り、謎からヒロインがいつ襲われるかという異常者サスペンスに置き換わってしまう。AllcinemaのKE氏とは真逆で、演ずるトーンがアルフレッド・ヒッチコックの傑作「疑惑の影」(1943年)のジョゼフ・コットンよろしく事あるごとに手指を動かすことでその異常性を表現しているのがこの物語では良くない、と僕は思う。

その代わり、エラ・レインズのキャロルが事実上の探偵として活動する一連の夜の描写はノワール・ムード満点で大いによろしい。

何とかネット復旧。しかし、モデムが相当怪しくなっていた。

この記事へのコメント

2021年12月11日 15:50
こんにちは。
>大学生のとき先が読みたくて止まらず、
  私は就職してから読んだとおもいますが、同じでした。(so was I)?
  年齢差から言って同じ頃かも? 
  これはアイリッシュ名義じゃないですか?
  当時アイリッシュ名義の短編集も何冊か出ていて読みましたよ。
  
  映画は数年前にアマゾンプライムで観て凡作だと思いました。
  原作のあの不思議な魅力は映像化が難しいのかもしれません。
  確か目次が死刑執行前◯◯日から始まって執行後までありましたか? 
  読む前から先制パンチを繰り出された感じでした。
 そしてあの現実感に乏しい夜のブラックホールに落ち込んだような雰囲気は文章表現ならではで、44年のアメリカ映画では出せなくても仕方ないとも思います。
「パンプキンのような帽子」も現実世界で映像化すると滑稽感が先立ってしまって…

 The night was young , and so was he. But the night was sweet , and he was sour.
lover come back to me にインスパイアされた有名な書き出し。読める物なら原文で読みたいものです。言語能力ウイルスも送って下さい(笑)
モカ
2021年12月11日 15:55
上のコメント、私です。 毎度すんません。?‍♀️
オカピー
2021年12月11日 21:16
モカさん、こんにちは。

>これはアイリッシュ名義じゃないですか?

そうです。
僕もそれに気づいて、今日の午前中に追記しました。

>確か目次が死刑執行前◯◯日から始まって執行後までありましたか?

この記載を読んで、小説のほうの説明を少し変えました。
実際には執行されていないので執行後というのは変ですが、その日を基準として固定しているということですね。

>ブラックホールに落ち込んだような雰囲気

それは到底無理。
しかし、小説のムードにこだわらなければ、映画のノワール・ムードはなかなか良かったと思います。

>lover come back to me にインスパイアされた有名な書き出し。

詩のような文章ですね。
この文章を読んだせいか、先程ビートルズの「ビコーズ」が頭を過ぎり、歌いました。そして今調べたら、Lover come back to me という曲には、The sky was blue という似た表現があり、全く奇遇でした。
モカ
2021年12月12日 10:46
おはようございます。
昨日は朝にレビューを読んでいたのですが、直後に出かけて、帰宅後にコメントする際読み返していませんでした。雑な奴です…失礼いたしました。

実は数年前に映画を観たあとに、原作を読み返してみました。アイリッシュは全部処分していたので(後悔)図書館本(新訳)だった為か、結末を知っているからか、はたまたコチラがすれっからし読者になってしまった故か、初読程の感慨はありませんでした。初読の時は物語の前半部分が例えて言うなら、初期デビッドリンチ風不条理ダークサイドミステリー(笑)に感じたんですが。そうそう、エドワードホッパーの絵画のような世界観! 我ながらいい例えですわ。(苦笑)
オカピー
2021年12月12日 22:33
モカさん、こんにちは。

>雑な奴です…失礼いたしました。

いえいえ。
当方も、午後11時にネットが復旧したので、映画を見た当日にざっと書く粗稿に殆ど手を入れずにアップ。朝読むと色々と修正したい個所が出てきまして、モカさんがご覧になった後に修正した模様。

>初読程の感慨はありませんでした。

どれが理由にあるにしろ、初回と同じくらい楽しめることは余りありませんね。どうしても予断が入ってしまう。
僕もそういう経験をしていますよ。その逆も稀にあって、初回時に楽しめなかったものが楽しめる。これは読みである自分の理解力が本や映画に追いついたということでしょう。小説は役者によって印象がぐっと変わって来るので、映画より複雑ですね。

>エドワードホッパーの絵画のような世界観!

近代・現代絵画には弱い僕です。
ちょいとネットで調べてみました。「ナイトホークス」なんて、それらしいかな。
2022年02月17日 23:11
「らせん階段」につづき、シオドマク監督作。
終わってみれば、なかなか楽しかったです! モノクロ映像も効いてる気がします。
ドラマーと仲間たちの演奏する部屋に入ったヒロインの図とか、それこどニューロティックで、やばいですよね。
オカピー
2022年02月18日 14:28
ボーさん、こんにちは。

>「らせん階段」につづき、シオドマク監督作。

ジュネス企画ものには彼の作品が他にもあったと記憶します。

>ドラマーと仲間たちの演奏する部屋に入ったヒロインの図とか、それこどニューロティック

酒場でバーテンをずっと見ているところとか。

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