映画評「私は確信する」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年フランス=ベルギー合作映画 監督アントワーヌ・ランボー
ネタバレあり

2000年にフランスで実際に起きた主婦失踪事件(ヴィギエ事件)の再審をテーマにした実話もの。監督は新人アントワーヌ・ランボー。解らないことも多いが勉強にもなる。

アメリカで推定無罪の確定判決を受けた事件は二度と沙汰されないが、日本やフランスでは推定無罪の確定判決に対しても控訴が可能である。フランスが日本のように変わったのはつい20年くらい前のことらしく、そのせいで失踪した主婦の夫である犯罪学の教授ジャック・ヴィギエ(ローラン・リュカ)が、どうしても彼を殺人犯としたい検察の控訴により再び審理されることになる。

2010年のことである。どう考えても彼が無罪であると信じる子持ち料理人ノラ(マリナ・フォイス)は、その有罪判決を阻止すべく、有名弁護士エリック・デュポン=モレッティ(オリヴィエ・グルメ)を尋ねるが、すげなく断られる。
 が、(何があったかよく解らないが)結局彼は弁護を引き受ける。彼女は彼から頼まれた数百時間に渡る通話音声の文字起しに懸命になる。実際には文字起しに留まらず、発言を分析し、系統づけていく。
 それによって電話の発信者で教授を犯人にしたがっている夫人の愛人デュランデ(フィリップ・ウシャン)が極めて不審であるという事実が浮かび上がる。それでも教授の有罪が濃厚と思われる中、無罪が言い渡される。

法廷映画に多い検察VS弁護士の図式の映画ではない。寧ろノラという架空の女性の偏執狂的な執念を扱う内容になってい、そこから状況証拠に基づく単なる陪審員等の確信(印象)による判断を是とするフランス刑事裁判の在り方に疑問を投げかけるのである。
 その意味で、ノラは主人公であるが、彼女自身の行動もまな板に乗せられているということになる。

この事件では死体が上がっていないので、多分多少の問題を抱える日本の検察でも訴追はしないのでないか。フランス独自の裁判かもしれない。
 通話音声の存在も相当不思議だ。あるいは警察がデュランデも怪しいと思って記録させていたか? まさかフランス人全員の通話を録音しているなんてことはないと思うが。

映画としては、近年のフランス映画らしいと言おうか、判決に全く気を持たせない。延々と気を持たせる邦画と違って、概して欧米映画はあっさり見せるが、ハリウッド映画でももう少し感銘を起こそうとタメを設けたりもすることも多い。しかるに、本作には一切ない。即実的というのはこのことだ。

いずれにしても余り通俗的な娯楽性を優先して作っていない一方で、スピード感(カットを短くすることなどで起こす印象)も実際のスピード(展開の速さ)もある映画ではあり、裁判模様の面白さ以上にそこを買う。

邦題はアルフレッド・ヒッチコックの「私は告白する」(1952年)をもじったものと、私は確信する。何とならば、本作に出て来る検察官だか裁判官だかがヒッチコックの「バルカン超特急」(1938年)と「間違えられた男」(1957年)を引用する。それを見て配給会社の人々がヒッチコックを意識しないわけがないのだ。

この記事へのコメント

モカ
2021年12月15日 10:44
こんにちは。
刑法と言わず法律全般に全く無知なので、その辺りは「はぁそうですか」というしかありませんが、ノラさんは強烈ですね。
>ノラという架空の女性の偏執狂的な執念
 教授の白黒より彼女の家庭の方が心配になりましたよ。失業はするは、思春期の一人息子は放ったらかしにするはで、ここの家庭で何か事件が起こるんじゃないかとハラハラしました。

ノラといえばイプセンの「人形の家」ですか… 我ながら発想が古いですけれど関係あるのかないのか… 多分ないですね。
オカピー
2021年12月15日 18:39
モカさん、こんにちは。

>ここの家庭で何か事件が起こるんじゃないかとハラハラしました。

はは。
子供がボヤを起しましたけど(笑)

>ノラといえばイプセンの「人形の家」ですか

僕も多少は考えましたよ。フランスでノラという名前はそう多い方でもないですし。
多分偶然でしょう。

「人形の家」と言えば、弘田三枝子。去年亡くなりましたが、メディアの扱いが小さなかったなあ。
モカ
2021年12月16日 10:27
こんにちは。
そういえばボヤ騒ぎがあったような… ぼやっとしてました。

弘田三枝子 「人形の家」流行りました!
あれを歌うために顔面お直しとダイエットしたのかもと勘繰るほど大人っぽく変身しましたね。彼女のダイエット本が爆発的に売れて以来「カロリー」という意識が定着したように思います。
晩年の歌う映像を見ると顔がひきつって口を開けるのもままならない様子が痛々しかったです。もう1人のディーバ藤圭子といい、晩年は辛いものがありますね。
どちらも大好きでした…
オカピー
2021年12月16日 19:28
モカさん、こんにちは。

>ぼやっとしてました。

あははは。オモロー!

>彼女のダイエット本が爆発的に売れて以来「カロリー」という意識が定着したように思います。

これ、毎週木曜日に放送されるNHK「日本人のおなまえっ」で紹介されていたような記憶があります。ご本人も登場していましたが、それほど前ではなく、去年の初めかせいぜい一昨年後半。見た目は元気そうでしたが、その後すぐに亡くなったことになりますねえ。

>もう1人のディーバ藤圭子といい、晩年は辛いものがありますね。

そうですね。
パンチの弘田三枝子に対して、陰鬱な藤圭子は、ブルース好きのモカさんには特にぐっとくるものがあるのではないですか。
圭子ちゃんは確か前川清と結婚しましたね。前川清は和田アキ子とも付き合っていたとか(あるいは付き合おうとしていた? 本人の弁)。

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