映画評「100日間のシンプルライフ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年ドイツ映画 監督フローリアン・ダーヴィト・フィッツ
ネタバレあり

僕は、買った小道具の類を全く大事にしない輩が周囲にいるのが気になって仕方がない。物にも魂があると思うので、作られたからには使ってやり、それも自然に壊れるまで使うのが人としての使命であると考えている。そんな考えのおかげで結果的に余分なものは買わないし、おかげでお金の節約も出来ている。大した収入もないのにやっていけるのである。
 お金の多少が幸福の多少などとは全く考えない。生活できるだけのお金があれば良い。足るを知るの精神である。

本作の登場人物二人フローリアン・ダーヴィト・フィッツとマティアス・シュヴァイクホファーは、最終的にそんな境地に達するのだが、残念ながら、映画として余り共感できない。

彼らはITベンチャーの起業家で、スマホ用のアプリをマーク・ザッカーバーグならぬデーヴィッド・ザッカーマン(アルチョム・ギルツ)に売ることに成功する。しかし、相方にその買い物依存症を指摘されて、酔った勢いで従業員に、100日間全てのものを倉庫行にし、一日一つずつ戻すことに失敗したほうが収入を従業員に分けるという賭けをしてしまう。

これを成功で酔った勢いでやるという「ハングオーバー!!!」シリーズのようなふざけた着想の発端が気に入らない。

その倉庫に同じく買い物依存症の美人ミリアム・スタインがいたことから、二人はやがて所有物の多さ=高い幸福度という図式に疑問を覚えていくのである。

SDGsの観点からも消費をしないことは良いので、昔から環境問題にうるさい僕には歓迎すべき内容なのだが、もう少し説教臭くなく作れなかったものだろうか? どうもスタートが軽薄だったせいで却って押し付けがましい印象が醸成されたような気がする。
 余程自然体に作るなどすれば別だが、概してプロパガンダ的な映画は好きではない。

ボブ・ディランがノーベル文学賞を獲ったことに反発した文学者がいるように、今年のノーベル物理学賞に日本出身の真鍋淑郎氏が受賞したことに反発した物理学者がいるらしい。その中でも一番強い調子の人の文章を読んだが、要はアル・ゴアを一等先に批判するその物理学者は反左翼なのだ。しかし、環境問題に左翼も右翼もない。大袈裟でも良いから声高に言うのが正解。時と場合によって、大袈裟と嘘は大いに違うのだ。

この記事へのコメント

モカ
2021年12月16日 21:44
こんばんは。
>物にも魂がある
  正に「異議なし」です。
 最近流行りの「断捨離」という言葉にも違和感があります。
 買ったことを反省しないで捨て自慢すんな、と思います。(自戒の意味も込めて)
リンクを貼れないのですが
 「時間と共に増す美しさと機能」島崎信
 で検索してみて下さい。
「物には魂がある」と言っておられます。
 ちなみにこの方のデザインされた鍋を愛用しております。
オカピー
2021年12月17日 09:06
モカさん、こんにちは。

>買ったことを反省しないで捨て自慢すんな

そう思うこと多々あり。

>「時間と共に増す美しさと機能」島崎信

島崎氏は、物を大事にしないことは自分自身を大事にしないことと仰っています。非常に共感しますね。
 物を大事にできない人は他の人間も大事にできない、いつか人間関係で大失敗をするだろう、と考えてきた僕の考えと通底するものがあると思います。

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