映画評「1917 命をかけた伝令」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2019年アメリカ=イギリス=インド=スペイン=カナダ=中国合作映画 監督サム・メンデス
ネタバレあり
最近のサム・メンデス監督作品では「007スカイフォール」が面白かったものの、あれは寧ろ脚本の力であったろう。本作もまた総合的に優れていると言って良いと思うが、それ以上に映画論的に語りたくなるという意味で大変興味深い。
お話の構図は頗る単純である。
1917年の西部戦線。ドイツ軍の退却に乗じて英国軍は猛烈な攻撃を仕掛け始めるが、将軍コリン・ファースは航空偵察に寄りこれがドイツ軍の戦略であると気付いて、ディーン=チャールズ・チャップマンとジョージ・マッケイを、最前線の司令官である中佐ベネディクト・カンバーバッチに作戦中止を知らせる伝令に立たせる。大変危険な任務である。
途中で墜落した飛行機のドイツ兵士を救出するが、恩を仇で返されたチャップマンが刺殺されてしまう。アルフレッド・ヒッチコック監督「サイコ」におけるジャネット・リーに似た、主役と思われた人物の突然の退場。
以降、マッケイがただ一人、中佐率いる連帯に辿り着こうと悪戦苦闘する。
たったこれだけのお話だが、注目されるのは、世間でも騒がれたように(僕は観始めて暫くして気付いたにすぎない)、これを「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」に似て、見た目のワン・ショットで見せているからである。
しかし、見た目のワン・ショットという喧伝も実は嘘で、マッケイがフランス人の廃墟となった家の中で撃たれてブラックアウトするところをもって最初のワン・ショットが終わり、フェードインするところから次のワン・ショットが始まる。少なくとも二つのショット(但し、他にもあるような気がする)により凡そ一日のお話が構成されている、というのがより正しいであろう。
理論的に、スローモーションや早回しをしない限り、ワン・ショットはリアル・タイムに進行するというのが一般的な理解であり、本作もそれに準じているように見える。これが本作をして緊迫感溢れる映画にしている所以であることは否定し得ないが、僕は採点に迷ったのである。
僕はどちらかと言えばカット割りで見せるほうを買うという立場であるから、この類の手法がその技術の実現の難しさ(デジタル撮影、コンピューター利用により、昔よりは簡単に長回しが出来るようになったとは思われる)をもって高く評価される傾向があったのに抗おうとする。技術の素晴らしさも映画芸術上の技術がなければ【絵に描いた餅】にすぎないという思い、つまりこの手法が本作の潜在的内容を生かす為にどのくらいの効果があったか、ということの検討。この点に関して唸るほど素晴らしいとまでは言えない。
お話自体も面白いが、上記手法との絡みを無視すれば、抜群と言いにくい。
しかるに、最後の、中佐に伝令を伝える為にマッケイが画面の右から左へ向かって突進する無数の兵隊たちの合間を縫って奥から前に向かって走る絵の見栄えの良さに唸らされた。これで大体本作を評価する判断材料が揃ったと思えたところで、上の下(☆☆☆★くらい)という判断で良いかとほぼ決まりかけた。
しかし、中佐に指令を伝え、チャップマンの兄に弟の死を伝えた後、マッケイが木に寄りかかって写真を眺めるラスト・ショットに非常に胸が打たれ、しばし再考。その結果、彼が伝令を完遂し1600名もの命を救った価値(その一人一人に人生がある)がこのショットにより浮き彫りになるのをもって☆☆☆☆に上昇する。
豈図らんや、もうこの類の手法に慣れてしまったのか、この手法と内容との関係性においてベテランの多いAllcinemaでの評価が芳しくない。僕自身のその面の評価より明らかに低い。天邪鬼の僕は、そういうことであるならば、と★をもう一つプラスすることにした次第。
超長回しの話ばかりになったが、ロジャー・ディーキンズのカメラはやはり美しい。トム・スターン同様、彼のライティングは頗る素晴らしい。これは言わねばなるまい。
本年も一年間ご支援有難うございました。皆さま、良いお年を!
2019年アメリカ=イギリス=インド=スペイン=カナダ=中国合作映画 監督サム・メンデス
ネタバレあり
最近のサム・メンデス監督作品では「007スカイフォール」が面白かったものの、あれは寧ろ脚本の力であったろう。本作もまた総合的に優れていると言って良いと思うが、それ以上に映画論的に語りたくなるという意味で大変興味深い。
お話の構図は頗る単純である。
1917年の西部戦線。ドイツ軍の退却に乗じて英国軍は猛烈な攻撃を仕掛け始めるが、将軍コリン・ファースは航空偵察に寄りこれがドイツ軍の戦略であると気付いて、ディーン=チャールズ・チャップマンとジョージ・マッケイを、最前線の司令官である中佐ベネディクト・カンバーバッチに作戦中止を知らせる伝令に立たせる。大変危険な任務である。
途中で墜落した飛行機のドイツ兵士を救出するが、恩を仇で返されたチャップマンが刺殺されてしまう。アルフレッド・ヒッチコック監督「サイコ」におけるジャネット・リーに似た、主役と思われた人物の突然の退場。
以降、マッケイがただ一人、中佐率いる連帯に辿り着こうと悪戦苦闘する。
たったこれだけのお話だが、注目されるのは、世間でも騒がれたように(僕は観始めて暫くして気付いたにすぎない)、これを「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」に似て、見た目のワン・ショットで見せているからである。
しかし、見た目のワン・ショットという喧伝も実は嘘で、マッケイがフランス人の廃墟となった家の中で撃たれてブラックアウトするところをもって最初のワン・ショットが終わり、フェードインするところから次のワン・ショットが始まる。少なくとも二つのショット(但し、他にもあるような気がする)により凡そ一日のお話が構成されている、というのがより正しいであろう。
理論的に、スローモーションや早回しをしない限り、ワン・ショットはリアル・タイムに進行するというのが一般的な理解であり、本作もそれに準じているように見える。これが本作をして緊迫感溢れる映画にしている所以であることは否定し得ないが、僕は採点に迷ったのである。
僕はどちらかと言えばカット割りで見せるほうを買うという立場であるから、この類の手法がその技術の実現の難しさ(デジタル撮影、コンピューター利用により、昔よりは簡単に長回しが出来るようになったとは思われる)をもって高く評価される傾向があったのに抗おうとする。技術の素晴らしさも映画芸術上の技術がなければ【絵に描いた餅】にすぎないという思い、つまりこの手法が本作の潜在的内容を生かす為にどのくらいの効果があったか、ということの検討。この点に関して唸るほど素晴らしいとまでは言えない。
お話自体も面白いが、上記手法との絡みを無視すれば、抜群と言いにくい。
しかるに、最後の、中佐に伝令を伝える為にマッケイが画面の右から左へ向かって突進する無数の兵隊たちの合間を縫って奥から前に向かって走る絵の見栄えの良さに唸らされた。これで大体本作を評価する判断材料が揃ったと思えたところで、上の下(☆☆☆★くらい)という判断で良いかとほぼ決まりかけた。
しかし、中佐に指令を伝え、チャップマンの兄に弟の死を伝えた後、マッケイが木に寄りかかって写真を眺めるラスト・ショットに非常に胸が打たれ、しばし再考。その結果、彼が伝令を完遂し1600名もの命を救った価値(その一人一人に人生がある)がこのショットにより浮き彫りになるのをもって☆☆☆☆に上昇する。
豈図らんや、もうこの類の手法に慣れてしまったのか、この手法と内容との関係性においてベテランの多いAllcinemaでの評価が芳しくない。僕自身のその面の評価より明らかに低い。天邪鬼の僕は、そういうことであるならば、と★をもう一つプラスすることにした次第。
超長回しの話ばかりになったが、ロジャー・ディーキンズのカメラはやはり美しい。トム・スターン同様、彼のライティングは頗る素晴らしい。これは言わねばなるまい。
本年も一年間ご支援有難うございました。皆さま、良いお年を!
この記事へのコメント
こちらの記事のみを前情報として昨夜鑑賞いたしました。
感想は普通に面白かったです。ショットがどうのこうのとかは分からない万年映画初心者ですが、その点にも注意して観ることができました。
正解かどうかは解りませんが、ショットが切れたのは、他にドイツ軍の地下壕で爆発が起きてマッケイが瓦礫の下敷きになった場面と滝壺に落ちた場面はそうじゃないかと思います。
私はどうもすれっからしな所があって、2人組が危険な任務に出かけた時点で、「1人消えると思うけどどっちが消えるか? ドラマ的には多分兄弟の為に積極的に任務遂行を目指している若いほうが消えるわ」と予想してしまいました。
やっぱりね…
1人になってからのマッケイ君が超人的ラッキーさで死線を潜り抜けて行きましたね。このお正月に孫達が今時のゲームに興じているのを眺めていましたが、マッケイ君の活躍はゲームの世界だなぁと思いましたよ。特にラストのマッケイが画面奥から手前に走るところなど正にそう感じました。CGではないでしょうが今時のゲーム世代に受ける画面作りで、なおかつそうでない世代にも受けた訳ですね。
こちら記事を読んでいたらチャップマンの死は知っていたことになるのですが、実は未見の物はそこまで詳しく読まないというか、読んでも頭にインプットされないのです。
>ショットが切れたのは、他にドイツ軍の地下壕で爆発が起きてマッケイが瓦礫の下敷きになった場面と滝壺に落ちた場面
前者は明らかにそう。目覚めた時は朝でしたし、カメラのアングルも違う。
後者は僕もそう思った瞬間もありますが、少し曖昧。
>「1人消えると思うけどどっちが消えるか? ドラマ的には多分兄弟の為に積極的に任務遂行を目指している若いほうが消えるわ」と予想
僕もある程度予想はしていましたが、ドラマツルギー的に、積極的に任務を進めているほうが亡くなるとは想像していませんでした。「サイコ」のジャネット・リーとまでは行かないまでも、結構意外に思いました。
>CGではないでしょうが今時のゲーム世代に受ける画面作り
編集段階でコンピューターで絵をいじっているでしょうが、CGではないですね。
僕はゲームをしないし、他人がやっているのも観ないので、余りそういう感じで捉えませんでしたが、そう言われればそうかもしれない。
しかし、ゲームのような【生活感情を伴わない)映画と、(生活感情を伴う)ゲーム感覚の映画は全然違うと僕はずっと言ってきています。本作は勿論後者。
>実は未見の物はそこまで詳しく読まないというか
僕も、特に鑑賞予定がある作品については、そうして欲しいのです。
採点を一番上に置いているのもそういう狙いがあってのことです。何気なくやっているようで色々と考えているのですよ^^