映画評「越境者」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1950年イタリア映画 監督ピエトロ・ジェルミ
ネタバレあり

鉄道員」(1957年)以降快打連発のピエトロ・ジェルミの初期作品なので勇んで観たが、IMDbに投票してありました。つまり2回目の鑑賞ですな。すっかり忘れているのでそれは構わない。構わないどころか、いま観ると全く違った思いに駆られる。それについては梗概の後に述べましょう。

シチリアの炭坑が閉山となり、三人の子供を抱える鰥夫ラフ・ヴァローネなど食い詰めた村人たちが、フランスへの移民を仲介するブローカー、サロ・ウルツィになけなしの金を払って、出発する。ところが、ローマまでやって来るとブローカーは金儲けが目的の詐欺師の顔を出し、越境者が官憲に追われている隙に逃げてしまう。
 村人たちは警察の再出頭要請を無視して旅を続け、北部で畑作業の仕事を得るが、一帯のストライク騒動の為に迫害される。これに懲りた多くの村人は帰郷を決意するが、ヴァローネなどは先を目指して厳しいアルプス越えを敢行、老計理士以外は無事頂上を超える。
 しかし、そこの伊仏の国境警備隊員が現れる。

「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユゴーならここで送還してしまうだろうが、厳しい顔をする越境者の中にあって隊員たちに微笑んだ子供を見て、彼らは何も言わずに去って行く。それどころか手を振る。

初期の厳しいネオ・レアリズモの時代が過ぎつつあったということもあるのだろうが、ピエトロ・ジェルミは良い意味で厳しいリアリズムに徹しない。ラストは甘いと言えば甘いものの、人を嫌いになる前に観客に人情を見せホッとさせる。本作の隊員たちは労働者よりずっと人間的だ。
 尤も、スト破りを指弾した労働者も、ヴァローネの娘が労働者たちとのいざこざで負傷したことによる発熱の時に、医者を探しに来たエレナ・ヴァルツィと医者を車で運んでくれるという人情を見せる。
 厳しさと甘さの匙加減が良い。

エレナはやくざ者フランコ・ナヴァーラとの腐れ縁でシチリアを脱出した女性だが、彼女に捨てられたと思ったナヴァーラはアルプス越えの直前に現れ、決闘になったヴァローネに刺殺される。
 この辺りのロマンティックな流れも原作ものであり、フェデリコ・フェリーニの共同脚色という事実があるとは言え、全体的にジェルミの趣味だろう。ジェルミの趣味と言えば、女性が車を追いかけるのを車側から撮る「刑事」と同じ見せ方のショットがある。

さて、今この映画を見れば、中近東の難民を思い起こさずにはいられない。イタリアの場合、北アフリカから密入国者で苦しめられているが、何ということははない、敗戦後経済的に復興する前のイタリアでは同国の民を雇い入れるほどの産業もなく、フランスへの不法移住を決意させるほどの惨状だったのだ。皮肉なものだ。それを思えば、経済成長を遂げた後の現在、イタリアは移民についてもっと寛容になれないかと思う。

日本も、ほぼ難民と思われる人くらいは、この間のミャンマーのサッカー選手のようにもう少し容易に受け入れられないものだろうか。多くは日本が好きでやって来るのだ。出身国当局(難民を発生させた当事者)の証明を得るなど事実上不可能なことを要求するのは、一人の人間として、理不尽にすぎる気がする。

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