映画評「情無用の街」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1948年アメリカ映画 監督ウィリアム・キーリー
ネタバレあり

戦後アメリカで流行した所謂“セミ・ドキュメンタリー”である。
 僕が河瀨直美や近年のフランス/ベルギーの映画などを語る時に使っている、多くハンディ・カメラを用い必要に応じて即興演出も繰り出すそれではなく、実際のネタを取り上げ多くその事件が起きた場所にロケして撮るそれである。
 一番有名なのはジュールス・ダッシン監督「裸の町」(1948年)。「街」streetや「町」cityが原題・邦題に付くのは偶然ではない。

五日間に二件の強盗殺人事件が発生する。使われた銃から同一犯と思われ、長官の指名を受けてFBIのロイド・ノーランが捜査責任者となる。最初の容疑者は保釈後に何者かに殺される。
 ノーランは、部下のマーク・スティーヴンズをチンピラに偽装させて町を彷徨させ、ボクシング・ジムで道場破りめいたことをやるうちに、ジム経営者実は強盗団リーダーのリチャード・ウィドマークから声を掛けられて仲間に加わり、そこで得た情報をそれとなく同僚に流す。
 ところが、強盗団には市警に近い者に内通者がいた為に、一網打尽にする作戦が頓挫し、逆にスティーヴンズの偽装がばれてしまう。敵の賢いことに、自らは手を下さすに、通報によりやってきた警察に彼をやっつけさせようとする。

この手のストーリーとしては、特に終盤は型通りであるが、面白い趣向が幾つかある。市警とFBIは後の映画に出てくるようなライバル関係ではないものの、囮捜査につき、FBIが市警にも明かさない情報やインチキのデータを持つなどするのであるが、その方法の詳細がなかなか興味深い。スティーヴンズが同情破りのようにジムのボクサーと闘うというアイデアも捜査のアプローチとして実に面白い。

型に陥る終盤は、逆に、コントラストの強い画面が迫力を増していく。ウィドマークのアジトやスティーヴンズが嵌められそうになる工場でのシークエンスでの人物の動かし方は簡潔にして、それを捉えるカメラは実に正確と言うべし。見事に堪能させられる。

ノーランと言えば、令和の怪物ロッテの佐々木朗希投手が完全試合(ほぼ二試合続けて)をやった。奪三振数も圧巻。時代が違うとはいえ、昭和の怪物・江川卓が高校時代からあのような大事に扱われたら、大記録を色々と作った高校時代のようにプロでももっと輝かしい成績(通算勝利その他)を残せたのではないか? 本人に言わせると、大学時代に既に肩が壊れかけていたらしい。江川と対戦した高校の先輩たちが、直球もカーブもバントすらできない(当たらない)と言っていた。多分同時代の高校生が対するには、160km/hを出した佐々木投手より相対的に速かったと想像される。最近映像分析したところ、プロ時代の最高初速は158km/hらしい(当時は終速で測られることが多く、数字が低いので要注意)。球速だけで測れないのが直球を打つ難しさ。ある番組の調べでは、NPB平均に比べてホームプレート上でのボール高が江川は23.4cm、佐々木投手は18.6cm上回るそう。これが大きいほど打ちにくいのだ。

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