映画評「ライトハウス」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年アメリカ映画 監督ロバート・エガーズ
ネタバレあり
第一作「ウィッチ」で、表面的な内容と総合力はともかく、厳しいアプローチに興味を覚えさせたロバート・エガーズ監督の長編第二作。
機材に大昔の物を用いたと言う、サイレント時代のような正方形に近いモノクロの画面で、正に100年前の前衛映画を観ているような気分。具体的には、性的な描写も絡むので「貝殻と僧侶」(1927年)という有名なアヴァンギャルド映画を思い出させる。
19世紀末くらいの米国北東部ニューイングランドの孤島の灯台に、給料が良いと知って青年ロバート・パティンスンがやって来る。上司に相当する古参ウィレム・デフォーが親分風を吹かす。前の相棒を狂気に追い込んで殺したという噂がある男だ。
パティンスンは仕方なく言うことを聞いて掃除など下働きに甘んじているが、嵐で灯台が孤立した後、内面において醸成した瞋恚をやがて爆発させる。緊張した対立関係が続いた後、立場を逆転させた彼はやがてデフォーを死なせ、念願の巨大レンズを拝むことに成功するが、その強烈な光に弾き飛ばされるかのように階段を落下していく。
翌朝カモメが彼の肉体を食べている。
前作では狂信がテーマだったと思われるが、ぐっと映画的に進化したこの第二作でも根にあるのは狂気であろう。
その文脈の中で、序盤のうちからパティンスンはカモメと因縁の関係で色々やり合い、最後にカモメの餌になってしまうのが面白い。二人の対立関係の心理サスペンスぶりも強力と言うべし。
人魚は勿論、ポセイドンらしきものが幻想の中に出てくるのはギリシャ神話絡みで、噂によると、この敵対する二人自体が神話の人物を投影したものらしい。
西洋の古典文学を読むと、別の古典を読んでいることでもっと面白くなるという現象によく遭遇するが、本作も西洋古典の知識や西洋文化の造詣があったほうが楽しめるタイプの作品だ。
同時に、具体的なお話でありながら、終始象徴的な見せ方の連続なので、知識と論理力だけではどうにもならないところも多い。
パティンスンが最初名乗った名前は偽名で、実はデフォー演ずる人物と同じトーマスというのが本名。しかも、偽名と同じ名の人物を殺したと告白するのだから、相棒を殺したとされるデフォーのトーマスとドッペルゲンガーのような関係になって来る。
その理解が正しいのであれば、彼が相手を殺した時に、エドガー・アラン・ポーの小説「ウィリアム・ウィルスン」のように自身も死ぬことが運命づけられることになる。
こんなことを考えつつも、それが監督の目指した内容に近いのか遠いのかも解らない。全く困った映画である。
とは言え、昔のサイレント映画を思い出させるモノクロの画面は断然魅力的。灯台を含めた島の風物、明るすぎるレンズといった実景の捉え方も、夢や幻想の造形も、映画マニアの琴線を打つ。わが【一年遅れのベスト10】2022年度の撮影賞は本作でほぼ決まりだろう。
ポーの名前を出したが、ポーの最後の未完作品の仮題が「ライトハウス」だったとか。
2019年アメリカ映画 監督ロバート・エガーズ
ネタバレあり
第一作「ウィッチ」で、表面的な内容と総合力はともかく、厳しいアプローチに興味を覚えさせたロバート・エガーズ監督の長編第二作。
機材に大昔の物を用いたと言う、サイレント時代のような正方形に近いモノクロの画面で、正に100年前の前衛映画を観ているような気分。具体的には、性的な描写も絡むので「貝殻と僧侶」(1927年)という有名なアヴァンギャルド映画を思い出させる。
19世紀末くらいの米国北東部ニューイングランドの孤島の灯台に、給料が良いと知って青年ロバート・パティンスンがやって来る。上司に相当する古参ウィレム・デフォーが親分風を吹かす。前の相棒を狂気に追い込んで殺したという噂がある男だ。
パティンスンは仕方なく言うことを聞いて掃除など下働きに甘んじているが、嵐で灯台が孤立した後、内面において醸成した瞋恚をやがて爆発させる。緊張した対立関係が続いた後、立場を逆転させた彼はやがてデフォーを死なせ、念願の巨大レンズを拝むことに成功するが、その強烈な光に弾き飛ばされるかのように階段を落下していく。
翌朝カモメが彼の肉体を食べている。
前作では狂信がテーマだったと思われるが、ぐっと映画的に進化したこの第二作でも根にあるのは狂気であろう。
その文脈の中で、序盤のうちからパティンスンはカモメと因縁の関係で色々やり合い、最後にカモメの餌になってしまうのが面白い。二人の対立関係の心理サスペンスぶりも強力と言うべし。
人魚は勿論、ポセイドンらしきものが幻想の中に出てくるのはギリシャ神話絡みで、噂によると、この敵対する二人自体が神話の人物を投影したものらしい。
西洋の古典文学を読むと、別の古典を読んでいることでもっと面白くなるという現象によく遭遇するが、本作も西洋古典の知識や西洋文化の造詣があったほうが楽しめるタイプの作品だ。
同時に、具体的なお話でありながら、終始象徴的な見せ方の連続なので、知識と論理力だけではどうにもならないところも多い。
パティンスンが最初名乗った名前は偽名で、実はデフォー演ずる人物と同じトーマスというのが本名。しかも、偽名と同じ名の人物を殺したと告白するのだから、相棒を殺したとされるデフォーのトーマスとドッペルゲンガーのような関係になって来る。
その理解が正しいのであれば、彼が相手を殺した時に、エドガー・アラン・ポーの小説「ウィリアム・ウィルスン」のように自身も死ぬことが運命づけられることになる。
こんなことを考えつつも、それが監督の目指した内容に近いのか遠いのかも解らない。全く困った映画である。
とは言え、昔のサイレント映画を思い出させるモノクロの画面は断然魅力的。灯台を含めた島の風物、明るすぎるレンズといった実景の捉え方も、夢や幻想の造形も、映画マニアの琴線を打つ。わが【一年遅れのベスト10】2022年度の撮影賞は本作でほぼ決まりだろう。
ポーの名前を出したが、ポーの最後の未完作品の仮題が「ライトハウス」だったとか。
この記事へのコメント
想像できなかった映画でした。
プライム紹介で気にはなっていたのですが、
プロフェッサーに後押しされて昨晩鑑賞。
いま誰とは浮かんできませんが、みっちり凝縮された
骨太筆力短編小説をがっつり読まされた疲労感・・・
役者二人の力演もさることながら、貴記事「貝殻と僧侶」にも
言及されていますように「映像の純度の高さ」、
これに尽きると私も思いました。
>プロフェッサーに後押しされて昨晩鑑賞。
珍しく役に立ちましたか^^v
>骨太筆力短編小説をがっつり読まされた疲労感・・・
そうですねえ。
こういうのは、思い出せそうで思い出せませんね。
>貴記事「貝殻と僧侶」にも言及されていますように「映像の純度の高さ」
コメントまできちんとお読みいただき、恐縮です。コメントも手を抜けません^^
こういう映画はそうそうないですね。
おかげさまで、と言いたい所ですがこういうのあんまり好みではなくて…でも頑張って最後まで観ましたよ!
(理解不能なので夢でうなされる事は無さそうで、やれやれと言った所です)
短編小説で連想するとしたらラヴクラフトでしょうか。そっち系も殆ど読まないので自信ないですが。
wデフォーがセイラムの修道女がどうのこうのと言ってましたね。セイラムといえば有名な魔女裁判なので、やっぱりウィッチ系ですかね?
映像は、これもあまり得意分野ではないのですが、何となくタルコフスキーを連想しました。「神々のたそがれ」の予告編とかも思い出しましたね。(予告しか観てないので)
しかし灯台というのはよく小説や映画の舞台になりますね。たまたま先日ポールギャリコの「スノーグース」を読んだところでした。灯台と孤独は相性が良いです。
>短編小説で連想するとしたらラヴクラフトでしょうか。
>そっち系も殆ど読まないので自信ないですが。
名前はよく知っているものの、読んだことがないので、僕も何とも言えません。日本の暗い小説群の中に、もしかしたらあるかもですね。
>セイラムといえば有名な魔女裁判
フランスで映画化されたのは「サレムの魔女」(ミレーヌ・ドモンジョ主演)という邦題でしたが、アーサー・ミラーの戯曲と同じ題名の「クルーシブル」(ウィノーナ・ライダー主演)がずっと後で作られましたね。
>何となくタルコフスキーを連想しました。
タルコフスキーは水と縁の深い作家ですので、そうなのかも。
>ポールギャリコの「スノーグース」を読んだところ
キャメルというプログレッシブ・ロックのバンドにこの小説をモチーフにしたLP「スノー・グース」があります。余り聴かないバンドですが。
わが国で灯台と言えば、木下恵介の「喜びも悲しみも幾年月」。こちらは夫婦なので、孤独度は少なめ。
こちらの昨夜の雨は凄かったですが、そちらは如何でしたか?
オカピー家の裏山が気になります。
問題なかったと想像して、またまたどうでもいい事を書きますが…
>木下恵介の「喜びも悲しみも幾年月」
これについては前回コメントで書きそうになってやめたのですが、この映画の主題歌、“おいら岬の〜灯台守りは〜♫“ 子供の頃よく耳にしましたが、関西ネイティブのモカちゃんはずっと「おいら岬」という岬が何処かにあると思っていましたよ。
(推定、北海道の最果ての方)
昨夜、歌詞の続きが思い出せず検索したら、「おいら岬って実在するのですか?」という質問が結構あって、私だけじゃなかったと笑ってしまいました。
キャメルのスノーグース、youtube で少し聴きました。駱駝の白雁 ^_^
色々あるんですね。プログレには縁がなくて。それらしきレコード が何枚かある事はあるのですが聞いたことが無いという… 一度「展覧会の絵」あたりを探し出してみます。
「スノーグース」は「シベールの日曜日」の変奏曲みたいでなかなか味わい深かったです。
>こちらの昨夜の雨は凄かったですが、そちらは如何でしたか?
>オカピー家の裏山が気になります。
こちらは今朝がピークと言われていましたが、それは問題とするほどではなかった・・・のですが、午後7時前から8時前まで物凄い雷雨に見舞われました。
あれ、うちの裏山について話しましたっけ?
台風が来ると毎度心配になるのですが、今日くらいの短時間では大丈夫です。
>「おいら岬って実在するのですか?」という質問が結構あって、
>私だけじゃなかったと笑ってしまいました。
あははは。
歌の場合は、とりわけ、区切りがはっきりしなかったりして、色々な誤解を生んできましたね。
小柳ルミ子の「わたしの城下町」の♪見上げる夕焼けの空に
を
♪見上げるゆうや(人物名) けの空に
と思っている人もいるとか。意味を考えれば解りそうなものなのに(笑)
>キャメルのスノーグース、youtube で少し聴きました。
ほぼほぼ何でも聞けるYouTube!
僕もキャメルについてはそう詳しくないのですが、割合素朴で、布団に入って聴いていると確実に眠りますね!
>「スノーグース」は「シベールの日曜日」の変奏曲みたいでなかなか味わい深かったです。
「シベールの日曜日」は好きな映画で、リバイバルの時に映画館でも観ましたが、音楽は忘れていました。
で、ほぼほぼ何でも聞けるYouTubeに直行、主題曲が聞けました。
60年前の映画の曲がこうして自由に聞けるなんて、実に良いなあ。音楽担当はモーリス・ジャール。大作映画御用達のイメージなのでちょっと意外です。
>「スノーグース」
図書館にあるので、読んでみます。
ポール・ギャリコと言えば、僕は「ポセイドン・アドベンチャー」の原作者としてしか知らないのですが、ウィキには、この映画の原作者がギャリコであることを知らない人が多い、とあります。世間とのギャップを感じるなあ(笑)
>何度も見ない方がいい映画もありますしね。
下記で動画なし(ジャケットぽいものだけ)で聞けるので、ご興味がおありでしたら、是非どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=VTr1bBcB8K0
僕が二度と観られない映画は「火垂るの墓」です。知人の奥さんが同様のことを言うのを聞いて余計にそうなりましたよ。
その本を猫好きの友人に貸したところ、その猫好き一家全員が回し読みした程の気に入り様だったのであげてしまって、その後ギャリコは最近まで一冊も読んでいませんでした。当然,おっしゃっている映画の原作の事も知りませんでした。
「スノーグース」は短編なのでお時間取らせませんので是非どうぞ!
私は読後すぐに「シベール…」を思い出して、映画にインスパイアされて書かれた小説かな?と思って調べたら時期が逆でした。シベールの原作者が「スノーグース」の影響を受けた可能性はあるように思います。
私は「蛍の墓」と「引退した盲導犬が昔の飼い主さんに再会する映像」がダメです。
どんなに笑い転げていても一瞬で涙腺崩壊してしまいます。(>_<)
あ、猫好きなら「猫語の教科書」もツボだと思います。
聴きましたが、思い出すタイプの音楽ではないですね。どこまでも暗い…
「ラーラのテーマ」のような訳にはいきませんね。
wikiによると青年役のクリューガーさんは最近亡くなったようですね。
その後の出演作品も何本かは観ていたようですが記憶になくて、この方は永遠にナイーブば青年のイメージしか浮かんできません。
>あ、猫好きなら「猫語の教科書」もツボだと思います。
我が家最初の飼い猫ルミの画像をトップに張ってあったのですが、前回のウェブリが仕組みを変えた時に勝手に消えてしまいました。
こちらも長くなさそうなので、前期のうちにまとめて読みます。
>シベールの原作者が「スノーグース」の影響を受けた可能性はあるように思います。
確かに「スノーグース」が1941年、「シベール、またはヴィル・ダヴレイの日曜日」が1958年の発表らしい。
>聴きましたが、思い出すタイプの音楽ではないですね。どこまでも暗い…
そうですね。
しかし、モーリス・ジャールは有名な作品を随分担当していますねえ。
>青年役のクリューガーさんは最近亡くなったようですね。
>この方は永遠にナイーブば青年のイメージしか浮かんできません。
亡くなったのは数か月前ですね。
僕も色々観ていますが、この映画のイメージが鮮烈です。他は割合明るい役が多いと思います。「飛べ!フェニックス」の偽技術屋が愉快でした。