映画評「モロッコ、彼女たちの朝」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年モロッコ=フランス=ベルギー=カタール合作映画 監督マリヤム・トゥザニ
ネタバレあり

映画先進国でさえ女性映画監督は限られているのだから、イスラム圏ではほぼ存在しないに等しい。数年前サウジアラビア初の女性監督が誕生したが、サウジより自由度の高いモロッコでも殆どいないと思って間違いあるまい。そうしたモロッコの女性監督マリヤム・トゥザニの長編映画第一作とのこと。

舞台はカサブランカ。そこで娘ワルダ(ドゥアエ・ベルカウーダ)を育てながらパン屋を営むアブラ(ルブナ・アザバル)は、ある時宿を求める妊婦サミア(ニスリン・エラディ)にノックされる。最初は断ったものの、夜になっても路上に坐っている彼女を見て、今夜だけと言って泊めることにする。ワルダは最初から彼女に好感を覚えていて、泊める日が続くうち、彼女がパンを作るのが得意と判り、出産するまで戦力となっていくと、夫を亡くして以来沈んだ気持ちをかこっていたアブラ自身も元気を取り戻していく。
 サミアは生まれた子供を養子にするしかないと思い、当初名前も付けず乳も与えずにいるが、日延べするに従って大きくなる母性本能に逆らえず名前を付け、ある朝アブラたちが眼を醒ます前に家を去って行く。

“ありきたり” という感想があった。 確かに構図はありきたりだが、同病相憐れむような女性たちの関係性において再生や決意の物語になっていくにちがいない今日の日本や欧米と、男女差別がその比ではないイスラム圏では、シングルマザーや、結婚をしていない女性の妊娠・出産をめぐる立場が全然違って、単純な決意など許さない。彼女たち特にヒロインが陥った苦境は、幕切れにおいて作者が観客に答えを委ねるしかないくらい難問なのだ。
 子供と共に生きていくのが一般的には幸福な選択であるが、彼女が当初述べたように、かの地では子供を養子に出す方が双方にとって幸福なのであろう。ある程度の苦労をするにしても先進諸国なら選択の問題の範囲を出ないが、イスラム圏では生存に直結する大問題ということである。ほぼ不幸になるのは確実でも母性本能に従って赤ん坊の親となる選択肢が入ってきたとしたら、サミアは正に不幸と言うしかない。

映画としては、アップが比較的多く、手持ちカメラを用いて、欧州のセミ・ドキュメンタリーに近い印象だが、アブラが終始イライラしているのにも拘わらず、それらの映画のようなひりひりした感覚は薄い。ワルダという少女が緩衝材になっているのだ。ちょっと絵画的な感覚の画面を着実に重ねるのを見るうち、次第にこの映画を観る心地よさが増していく。

パン粉をこねる場面が意味深長で、赤ん坊とのスキンシップと関連付けられると思うと同時に、前後の脈絡から性的な暗示があるようにも感じたが、どうだろうか?

モロッコだからまだ良いのよ。タリバンが復活したアフガニスタンであれば、サミアたちは、文字通り生きていけない。レイプ事件が起きた場合、された方に罪があるとされ(日本の一部右派にもそれに近いことを言う人がいる)、処刑されることもある。正統派イスラム教に特段嫌悪感を持たないが、極端な原理主義を生む余地があるところに問題があると思う。それはキリスト教も同様。

この記事へのコメント

モカ
2024年06月03日 17:05
こんにちは。

「青いカフタンの仕立て屋」はまだ観られないのでこちらを昨夜観ました。
この映画の情報網から外れていたのか、最近ありがちなタイトルの為に右から左に抜けてしまったのか、全く知りませんでした。 情報ありがとうございます。

>ルブナ・アザバル 
 「灼熱の魂」の女優さんですね。あれも過酷な出産の話でした。
  
最近桐野夏生の「燕は戻ってこない」を読みまして、NHKでドラマ放映されているらしいのでご存じかも知れませんが、代理出産がテーマのお話なんです。
同じ若い女性の貧困と出産をテーマにしていも国が変わればこうも変わるものかとも思う反面、出産後に女性が感じる命の重さには大差はないようにも思いました。

この映画の原題は「アダム」のようですが「青いカフタン…」の原題は何でしょう?
青いカフタンからロシア民謡の「赤いサラファン」を思い出しました。
カフタンとサラファン、近いものがありますよね。
オカピー
2024年06月03日 21:49
モカさん、こんにちは。

>「青いカフタンの仕立て屋」
>情報ありがとうございます。

リンクを張っておくのも意味がある、ということが解りました。
モカさんは真面目に読んでくださっている。
大変有難いです。

>最近桐野夏生の「燕は戻ってこない」を読みまして
>出産後に女性が感じる命の重さには大差はないようにも思いました。

知らないです^^v
そうです、こういう映画を観て特殊性と普遍性の両方を感じるのが真の鑑賞者でしょう^^

>この映画の原題は「アダム」のようですが「青いカフタン…」の原題は何でしょう?

カフタンの青、らしいです。

>カフタンとサラファン、近いものがありますよね。

サラファンはロシア語の中でも中近東由来ものかもしれませんね。
オカピー
2024年06月03日 21:55
モカさん、こんにちは。

>「青いカフタンの仕立て屋」
>情報ありがとうございます。

リンクを張っておくのも意味がある、ということが解りました。
モカさんは真面目に読んでくださっている。
大変有難いです。

>最近桐野夏生の「燕は戻ってこない」を読みまして
>出産後に女性が感じる命の重さには大差はないようにも思いました。

知らないです^^v
そうです、こういう映画を観て特殊性と普遍性の両方を感じるのが真の鑑賞者でしょう^^

>この映画の原題は「アダム」のようですが「青いカフタン…」の原題は何でしょう?

カフタンの青、らしいです。

>カフタンとサラファン、近いものがありますよね。

サラファンはロシア語の中でも中近東由来のものかもしれませんね。
モカ
2024年06月04日 23:57
こんにちは。

>パン粉をこねる場面が意味深長で
  
  私は神様が最初の人間を泥から創られたと言うのを連想しました。
  赤ちゃんの名前はアダムですしね。
  
出産直後は心を鬼にして産んだ子を抱こうともしなかったサミアがソックスを脱がせて足の指の一本一本を愛おしそうに確かめるシーンでウルウルしてしまいました。

オカピー
2024年06月05日 21:26
モカさん、こんにちは。

>神様が最初の人間を泥から創られたと言うのを連想しました。

2年前のことなので確かではないですが、僕もそんなことを考えたような気がします。

>出産直後は心を鬼にして産んだ子を抱こうともしなかったサミア
>足の指の一本一本を愛おしそうに確かめるシーンでウルウル

この変化がこの映画の見どころでもあるでしょうね。他方、それが、イスラム圏においてシングルマザーの立場にあると幸福と結び付かない。悲しいデス。

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