映画評「5月の花嫁学校」

☆☆★(5点/10点満点中)
2020年フランス=ベルギー合作映画 監督マルタン・プロヴォー
ネタバレあり

全世界的に映画の内容にも多様化(社会)の反映が求められているが、やはりアメリカとフランスでとりわけその傾向が強い。
 しかし、僕が気に入らないのは、多様化を反映させている映画が求められる結果、中身が似たり寄ったりの作品ばかりになって、映画の内容自体は非多様化が進むという矛盾が生じているということである。

1968年のフランスの地方都市。例の五月革命の最中、ジュリエット・ビノシュの夫婦が、自分夫の妹ヨランダ・モローや尼僧ノエミ・ルヴォフスキーを講師に、花嫁学校を営んでいる。革命の気分が田舎にも届いただけではなく、ジュリエットが夫に死なれた結果、戦前恋仲だった銀行家エドゥアール・ベールが再接近し、彼が料理できると知って再婚しても幸福感を味わえると知り、生徒を引き連れて自由を宣言する。

最後は突然ミュージカル仕立てになって、夫や男性から自由になることを歌い上げて終わるのだが、余りにプロパガンダが過ぎる。直截的すぎて身も蓋もないというのはこのことである。

ヨランダがベール氏に一目惚れしてジュリエットとバッティングするという設定が出てくるのに、コメディー的に全く回収されていない(観客を少し脅すヨランダのハサミをもって回収と考えられないこともないが)なんてのも、お粗末であろう。この中で一番堅物の尼僧がいきなり彼女らに同調するのにも首を傾げたくなる。

ルージュの手紙」がなかなか良かったマルタン・プロヴォーの監督作品であるが、愚作と言いたいところを凡作ということにしておきましょう。

五月のミル」と併せて見る(ミル)と良いでしょう。

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