映画評「MINAMATA-ミナマタ-」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2020年アメリカ=イギリス=アラブ首長国連邦=日本合作映画 監督アンドリュー・レヴィタス
ネタバレあり
石牟礼道子のノンフィクション小説「苦海浄土」には圧倒された。本作は、その第三部に僅かに名前が出て来たような記憶がある写真家ユージン・スミスと、日本滞在中に結婚する日系のコーディネーター兼通訳女性アイリーン二人の経験談を映像化した作品である。
末期の叫びをあげていた “ライフ” 誌が、同誌と長い契約関係のあった落ち目の初老写真家ユージン(ジョニー・デップ)を、公害で問題になっている水俣へ強引へ送り込む。富士フィルムのCM撮影の縁のできたアイリーン(美波)が通訳として同行する。
すっかり酒に溺れ、家族に対する自責の念のある彼は、戦時中の記憶もあって全く乗り気がしないが、日本庶民の態度に次第に親しみを感じる一方、さっさと帰って貰おうと強引に社内に連れ込んで現金を渡そうとするチッソの社長(国村隼)に強い嫌悪感を覚える。
患者家族の抗議模様を撮ろうとした結果、チッソが送り込んだ組合員に暴行されて重傷を負う(五井事件の被害者の一人)一方、遂に患者化家族の家庭での写真を撮ることを認められ、畢生の傑作写真を撮ることになる。
公害に対して高い意識を示しつつ、映画本編はプロパガンダに強く傾かない。あくまでユージンの人生を追う中で、水俣病の患者家族の姿が浮かび上がるように抑制的に作られている。僕はこの態度が大いに気に入った。この間のフランス映画「5月の花嫁学校」のようにプロパガンダそのものの映画はどうも萎える。
実際には数年かけて各地で展開された色々な行事を、比較的短期間のように、水俣周辺でのみ行われたように見えるよう要領よく再構築しているのは、映画的な工夫と言うべし。実話ものと言っても、寸分違わず実際通りに作ったら潤いを欠く再現ドラマにすぎなくなる。
日本の描写は、工場の外観とその従業員の扱い以外、概ね問題がない。特に僕が感心したのは、1970年代初めに実際に走っていた懐かしいコロナに関係者が乗ることである。僕が一番車に関心を持っていた時代の車だけに嬉しかった。
欧米で実話ものがブームである現在、日本映画界は本格的な実話ものを作ろうとしない。1960年代までは一部の裁判を実名で扱った映画などが時々作られたが、70年代以降は、実話ものと思われても名称が変えられ(今世紀3本作られたハヤブサものも全て仮名だった)、最近は製作そのものがごく稀になった。
そんな中で3・11で起きた原発事故を扱った「Fukushima 50」は一部の名前は変えられたものの実際に近い内容と思われ、相当目立つ。企業名や政治家を実名で出して来たらもっと迫力ある作品になったが、忖度文化が益々強まる日本では無理であった。
従って、日本も資本を出しているとは言え、この公害問題をテーマにしたドラマが外国人によって作られたのは当然なのだが、残念な気持ちも強い。
アメリカの映画会社は法務部がしっかりしているのか、訴訟大国でありながら、政治家も企業も実名でどんどん出てくる。青春映画などでも実際にある学校や企業が当たり前のように繰り出される。うらやましい。
2020年アメリカ=イギリス=アラブ首長国連邦=日本合作映画 監督アンドリュー・レヴィタス
ネタバレあり
石牟礼道子のノンフィクション小説「苦海浄土」には圧倒された。本作は、その第三部に僅かに名前が出て来たような記憶がある写真家ユージン・スミスと、日本滞在中に結婚する日系のコーディネーター兼通訳女性アイリーン二人の経験談を映像化した作品である。
末期の叫びをあげていた “ライフ” 誌が、同誌と長い契約関係のあった落ち目の初老写真家ユージン(ジョニー・デップ)を、公害で問題になっている水俣へ強引へ送り込む。富士フィルムのCM撮影の縁のできたアイリーン(美波)が通訳として同行する。
すっかり酒に溺れ、家族に対する自責の念のある彼は、戦時中の記憶もあって全く乗り気がしないが、日本庶民の態度に次第に親しみを感じる一方、さっさと帰って貰おうと強引に社内に連れ込んで現金を渡そうとするチッソの社長(国村隼)に強い嫌悪感を覚える。
患者家族の抗議模様を撮ろうとした結果、チッソが送り込んだ組合員に暴行されて重傷を負う(五井事件の被害者の一人)一方、遂に患者化家族の家庭での写真を撮ることを認められ、畢生の傑作写真を撮ることになる。
公害に対して高い意識を示しつつ、映画本編はプロパガンダに強く傾かない。あくまでユージンの人生を追う中で、水俣病の患者家族の姿が浮かび上がるように抑制的に作られている。僕はこの態度が大いに気に入った。この間のフランス映画「5月の花嫁学校」のようにプロパガンダそのものの映画はどうも萎える。
実際には数年かけて各地で展開された色々な行事を、比較的短期間のように、水俣周辺でのみ行われたように見えるよう要領よく再構築しているのは、映画的な工夫と言うべし。実話ものと言っても、寸分違わず実際通りに作ったら潤いを欠く再現ドラマにすぎなくなる。
日本の描写は、工場の外観とその従業員の扱い以外、概ね問題がない。特に僕が感心したのは、1970年代初めに実際に走っていた懐かしいコロナに関係者が乗ることである。僕が一番車に関心を持っていた時代の車だけに嬉しかった。
欧米で実話ものがブームである現在、日本映画界は本格的な実話ものを作ろうとしない。1960年代までは一部の裁判を実名で扱った映画などが時々作られたが、70年代以降は、実話ものと思われても名称が変えられ(今世紀3本作られたハヤブサものも全て仮名だった)、最近は製作そのものがごく稀になった。
そんな中で3・11で起きた原発事故を扱った「Fukushima 50」は一部の名前は変えられたものの実際に近い内容と思われ、相当目立つ。企業名や政治家を実名で出して来たらもっと迫力ある作品になったが、忖度文化が益々強まる日本では無理であった。
従って、日本も資本を出しているとは言え、この公害問題をテーマにしたドラマが外国人によって作られたのは当然なのだが、残念な気持ちも強い。
アメリカの映画会社は法務部がしっかりしているのか、訴訟大国でありながら、政治家も企業も実名でどんどん出てくる。青春映画などでも実際にある学校や企業が当たり前のように繰り出される。うらやましい。
この記事へのコメント
このころは、雑誌で世界に現状を伝えることで立場の弱い者が力を得るという構図が成り立っていましたが、いまはネット炎上で現実世界が混乱させられることが増えたように思います。時の流れも感じさせられました。
この映画はまだ観ていませんが、昨日アマプラで「the Jazz Loft」観ました。
セロニアスモンクの「MONK.」のジャケのモノトーンの写真がカッコいいのですがその写真を撮ったのがユージンスミスでずっとその辺の繋がりが分からなかったのですが、このJazz Loftで謎は判明しました。
まだご覧になっていなければ是非どうぞ!
先日当地で何十年か続いた映画館が今月いっぱいで閉館すると言うのでタヴィアーニの「遺灰は語る」を観てきました。ついでにフライヤーをかき集めてきましたが、
森達也の「福田村事件」と言うのが今上映中で、これが実話度が高いようです。
>いまはネット炎上で現実世界が混乱させられることが増えたように思います。
これが問題なんですよねえ。
デジタル革新は、第4次産業革命とか言われていますが、人間を破壊するかもしれませんね。
>昨日アマプラで「the Jazz Loft」観ました。
>まだご覧になっていなければ是非どうぞ!
ただ今ご覧になれない映画です、となっていましたTT
>先日当地で何十年か続いた映画館が今月いっぱいで閉館する
そういう話が多いですねえTT
>タヴィアーニの「遺灰は語る」
パオロの単独作品ですね。
兄弟時代の「グッドモーニング・バビロン」の保存版を持っていたいのですが、NHKにもWOWOWにも出て来ない。
>森達也の「福田村事件」
ドキュメンタリーの監督ですから、その辺は抜かりがない。こういうインディでもないとなかなか実話ものは作れませんが、それでも結構遠慮(恐怖か?)がある気がしないでもないですね。
このタイトルで2つ出てきませんか? 1つは確かに現在視聴不可なんですが、おかしいですね。これはなかなか拾い物だったので観ていただきたかったのに…
再チャレンジしてみて下さい!
>「ジャズ・ロフト」(字幕版)
>このタイトルで2つ出てきませんか?
>再チャレンジしてみて下さい!
the jazz loft でも「ジャズ・ロフト」でも最初はダメだったですが、アクセス迄のルートを変えたら、3回目に出てきました^^v
2,3日後には見られ、アップにはさらに5,6日かかりますが、何とかなると思います^^
Amazonは名前の通り密林ですね! 謎が多いです。
>Amazonは名前の通り密林ですね! 謎が多いです。
巧い!