映画評「皮膚を売った男」

☆☆★(5点/10点満点中)
2020年チュニジア=フランス合作映画 監督カウテール・ベン・ハニア
ネタバレあり

高木彬光の推理小説「刺青殺人事件」が冒頭で剥ぎ取られた刺青入りの皮膚について述べているのを思い出しながら見ていたが、本作最後にそれらしくなるので笑った。

2011年シリア。恋人ディア・リアンへの求婚を “革命” と言ったが為に逮捕された青年ヤヤ・マヘイニは、係官が従弟だった為にレバノンに逃亡することができるが、その間にディアが婚約を押し付けられていたサード・ロスタンと結婚してベルギーに移住、通訳・翻訳をしていることを知る。
 その事実に苛立ちを隠せない青年は、入り込んだ前衛的なアーティストたるケーン・デ・ボーウの展示会で彼に奇妙な取引を持ち掛けられる。背中にシェンゲン査証(欧州協定国を短期間に限り自由に移動できる査証)を彫り、彼自身が芸術品となれば自由に欧州内を移動できるようになると言うのだ。実際には別途査証も正式に取るわけで、刺青の内容は査証に限らなくても良いのだが、芸術家はそれに皮肉と寓意を込めたわけである。
 が、契約に縛られて不自由を感じると、彼は色々と問題行動を起こし、遂にはテロに見せかけた狂言を行い収監される。表情を見ると留置場の方が娑婆より自由であるという彼の心境がよく感じられ、この辺りからブラック度が高まって行き、彼と弁護士との間に立つ通訳が何とディアで、弁護士の書いた概要を訳すふりをして “離婚することが決まった” と告げるに至り、純コメディーのような展開になる。
 美術館騒動で恩を受けたロスタン氏は元妻とその恋人を故郷に連れ帰る役目を負って車を移動する。

僕はここで終わっても良かったと思うのだが、その後にどんでん返しが待っている。なるほど、この最後が一番見せたかったのだろう、と思わせる展開で、ISに殺されたと思わせて自由になった彼はディアと共に幸福に暮らしましたとさ、という次第。

同時に彼から剝がされたと思われる皮膚も(偽の)ISが流通させるが、実はこれは細胞培養で作られた偽の本物。
 この扱いにも風刺的なところがあるが、やはり民族間に色々と横たわる問題や差別が主題であり、それを風刺的に扱うのが眼目であろうと納得しつつ、最後の絵に描いたようなどんでん返しで却って脱力した。こういう風に純娯楽映画的に綺麗に収めては、作品が軽くなってしまうのではないか? 

チュニジア出身の女性監督カウテール・ベン・ハニアが脚本も書いている。チュニジアはイスラム圏では女性の権利が高いという僕の理解は間違っていないということだろう。

昨夜、寝る前にYouTubeで音楽番組を見ていたら、デーヴィッド・ボウイ初期のLP「世界を売った男」が推されていた(管理人の細君だか母親だかの推薦)。タイトルが似ているので、何となく。

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