映画評「ビースト」(2019年)

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年韓国映画 監督イ・ジョンホ
ネタバレあり

WOWOWは韓国映画の特集を毎月のように組んでいるが、僕が観るのは年に数本程度。しかし、本作は始まって以来毎回必ず観ている【W座からの紹介状】が取り上げた作品につき、無条件で観るわけである。
 特に「猟奇的な彼女」以降、笑いとシリアスの振幅で勝負する手法が常套手段になった韓国映画に大して僕は批判的だが、ことサスペンス映画に関してはその欠点がない作品が多い。フランス映画「あるいは裏切りという名の犬」(2005年)というなかなか優れた刑事映画を土台にした本作に至っては、コミカルどころかユーモラスなシーンや挙動が全くない。徹頭徹尾シリアスである。

ところで、猟奇はすっかり“肉体損傷の激しい”若しくは“残酷”“残忍”の意味になってしまったが、漢字を分解すれば解るように、本来の意味は、変わったもの・異常なことをあさる(日本では “あさる” は【漁】の訓読みであるが、【猟】をそう読ませても問題ない)、である。
 想像するに、それが “残忍” の意味に変わった端緒は、フランス怪奇映画「顔のない眼」(1959年)のような連続的に人の体の一部を採取するような映画を “猟奇もの” と言ったことにあるのではないか? 猟奇ものは確かに残忍なのである。
 この映画が女子高生のバラバラ事件に始まり、映画の中で猟奇という言葉が出て来るので、事前に言及した次第。

その事件を調べる二人の殺人課班長候補イ・ソンミンとユ・ジェミョンが競い合った結果、確執が生れていく。
 イは、出所したばかりの女性チョン・ヘジンに呼び出される。彼女は現れたばかりの彼の拳銃を奪って自分を投獄に導いた男を殺害、自分の犯行を見逃してくれたら女子高生などの殺人事件の犯人に繋がる情報を出す、と告げる。イはかくして得た情報で容疑者が潜伏している建物に見張るが、折しも麻薬一味を一網打尽にしようと狙っている麻薬班とバッティングした結果混乱を極め、容疑者と刑事一人が死んでしまう。
 これで具合の悪くなった彼は、さらにユのグループによりチョン・ヘジンの起こした殺人に関与しているのではないかと疑われてしまう。その過程で真犯人らしき人物が浮上、イが接近する。

フランスの犯罪系映画が伝統的に鈍重なのに比べると、概して韓国製はダークでムードが重苦しくても展開は鈍重にならず、手に汗を握らせるのが上手く、本作もその数に入れて良いだろう。イに隙が多すぎるのがサスペンスとしては難点ながら、観ているうちは案外気にならない。
 また、映像記憶の弱い僕のような人間は、刑事二人の区別がつきにくくて混乱しがちなのが欠点と言えば欠点だが、対立していることが解れば良いのでお話の理解に大きな支障はないと思われる。但し、一般論として、もっとタイプの全然違う俳優を起用した方がベター。

江戸川乱歩は言うまでもなく、京極夏彦などもご本人に猟奇的なムードが濃厚。乱歩には文字通り「猟奇の果」という怪奇小説がある。このタイトルの意味するのは、異常なことに興味がある人間が最後に行き着くところ、といった意味である。

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