映画評「モーリタニアン 黒塗りの記録」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2021年イギリス=アメリカ合作映画 監督ケヴィン・マクドナルド
ネタバレあり
9・11に関与したテロリストと目された容疑者が収容されたグアンタナモ米軍基地について今世紀初頭数年間に渡って話題になっていた。
本作は、実行犯のリクルーターと目されて収容されたモーリタニア人の男性モハメドゥ・ウルド・スラヒ(タハール・ラヒム)の体験と、アメリカの女性弁護士ナンシー・ホランダ―(ジョディー・フォスター)が彼を解放すべく奔走する姿を描いた実話ものである。
この作品は、アメリカという民主主義大国の矛盾する姿を映し出しているが、それでも、本作に描かれた内容と、本作そのものに日本には見当たらない本当の民主主義も感じられ、その部分に大いに感動させられた。次のような感じである。
ナンシーとその助手たる若い女性弁護士テリ・ダンカン(シェイリン・ウッドリー)は、政府側から黒塗りの供述書類を提出されて絶句する。ここまでは日本の不都合な事案に関する官憲の対応と同じである。それと全く同じことを検事に相当する海兵隊中佐スチュワート・カウチ(ベネディクト・カンバーバッチ)も経験する。一般の検事であれば、それでもスラヒを起訴するであろうが、キリスト教的な良心を持つ彼には、証拠なしの起訴は余りに道義に反する為しない。両者は自分の目的を達する為に本格的に国や権限を持っている軍部に働きかける。
カウチの立派なのは彼の性格であるが、ここで僕を感激させるまでにあっぱれなのは国に忖度しない司法であり、司法は国に完全な供述調書を提供するよう命じる。中佐も軍から本当の尋問記録を手に入れる。
映画的にはここがハイライトで、弁護士が読むスラヒの手記と検事が読む軍の記録が一致するところが、なかなか強烈に迫って来るカットバックで綴られるのである。国は遂にスラヒを訴えることができない。
かくして、2009年、スラヒが米国政府を訴えた裁判が遂に開かれる。別室に控えさせられたスラヒの証言がなかなか感動的で、司法も国の敗訴を言い渡す。しかし、特別な事件故にスラヒはこの後の国の控訴により2016年まで留置され続けることになる。
14年間に渡る拘束! 理不尽なことこの上ないと、僕は義憤にかられると同時に、勿論真実など知る由もないアメリカ側がこのような態度を取ったのも、ある程度は、理解できる。それが人間というものである。
映画の中身についてはここまで。
イギリスとの合作とは言え、このような国の実際の悪を扱う映画が作ることできるアメリカという国も僕は羨ましく感じる。トランプ大統領時代の諸問題(特に議会襲撃事件)についても2030年までに何らかの形で解っている範囲でドラマ映画になると思う。ドキュメンタリー以外において実在する名前を出すことを妙に避けたがる日本(先日の「総理の夫」で東大出身という紹介があったのを珍しいと思ったほど)では到底無理なのだ。
アメリカの裁判所は、当局が邪魔者扱いしていたジョン・レノンに市民権を与えた。偉い。アメリカの最高裁の構成員は政治色が明らかだから日本以上にまずくなる場合もあるが、最近皮肉と思ったのは、大統領時代のトランプの思惑で共和党支持の判事が増えた最高裁が堕胎に関して過去の最高裁判決を翻した結果、目論見に反してトランプを支持する割合が下がったこと。無党派層の女性たちが怒ったのだ。
2021年イギリス=アメリカ合作映画 監督ケヴィン・マクドナルド
ネタバレあり
9・11に関与したテロリストと目された容疑者が収容されたグアンタナモ米軍基地について今世紀初頭数年間に渡って話題になっていた。
本作は、実行犯のリクルーターと目されて収容されたモーリタニア人の男性モハメドゥ・ウルド・スラヒ(タハール・ラヒム)の体験と、アメリカの女性弁護士ナンシー・ホランダ―(ジョディー・フォスター)が彼を解放すべく奔走する姿を描いた実話ものである。
この作品は、アメリカという民主主義大国の矛盾する姿を映し出しているが、それでも、本作に描かれた内容と、本作そのものに日本には見当たらない本当の民主主義も感じられ、その部分に大いに感動させられた。次のような感じである。
ナンシーとその助手たる若い女性弁護士テリ・ダンカン(シェイリン・ウッドリー)は、政府側から黒塗りの供述書類を提出されて絶句する。ここまでは日本の不都合な事案に関する官憲の対応と同じである。それと全く同じことを検事に相当する海兵隊中佐スチュワート・カウチ(ベネディクト・カンバーバッチ)も経験する。一般の検事であれば、それでもスラヒを起訴するであろうが、キリスト教的な良心を持つ彼には、証拠なしの起訴は余りに道義に反する為しない。両者は自分の目的を達する為に本格的に国や権限を持っている軍部に働きかける。
カウチの立派なのは彼の性格であるが、ここで僕を感激させるまでにあっぱれなのは国に忖度しない司法であり、司法は国に完全な供述調書を提供するよう命じる。中佐も軍から本当の尋問記録を手に入れる。
映画的にはここがハイライトで、弁護士が読むスラヒの手記と検事が読む軍の記録が一致するところが、なかなか強烈に迫って来るカットバックで綴られるのである。国は遂にスラヒを訴えることができない。
かくして、2009年、スラヒが米国政府を訴えた裁判が遂に開かれる。別室に控えさせられたスラヒの証言がなかなか感動的で、司法も国の敗訴を言い渡す。しかし、特別な事件故にスラヒはこの後の国の控訴により2016年まで留置され続けることになる。
14年間に渡る拘束! 理不尽なことこの上ないと、僕は義憤にかられると同時に、勿論真実など知る由もないアメリカ側がこのような態度を取ったのも、ある程度は、理解できる。それが人間というものである。
映画の中身についてはここまで。
イギリスとの合作とは言え、このような国の実際の悪を扱う映画が作ることできるアメリカという国も僕は羨ましく感じる。トランプ大統領時代の諸問題(特に議会襲撃事件)についても2030年までに何らかの形で解っている範囲でドラマ映画になると思う。ドキュメンタリー以外において実在する名前を出すことを妙に避けたがる日本(先日の「総理の夫」で東大出身という紹介があったのを珍しいと思ったほど)では到底無理なのだ。
アメリカの裁判所は、当局が邪魔者扱いしていたジョン・レノンに市民権を与えた。偉い。アメリカの最高裁の構成員は政治色が明らかだから日本以上にまずくなる場合もあるが、最近皮肉と思ったのは、大統領時代のトランプの思惑で共和党支持の判事が増えた最高裁が堕胎に関して過去の最高裁判決を翻した結果、目論見に反してトランプを支持する割合が下がったこと。無党派層の女性たちが怒ったのだ。
この記事へのコメント
いまから思えば、9.11こそが20世紀の終わりを告げましたね。あのとき対応をあやまったのは、超大国アメリカといえども人の子という印象があります。
>9.11こそが20世紀の終わりを告げましたね。
そう思います。
これが祟って、アメリカが“世界の警察を止める”の宣言に繋がり、あるいはウクライナ戦争勃発を許したのかもしれない。
>あのとき対応をあやまったのは、超大国アメリカといえども人の子という印象があります。
余りに感情的になりましたね。
西側に媚を売っていたロシアに冷たく当たったのも、大きな対応の過ちでした。その付けがウクライナ戦争。