映画評「由宇子の天秤」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2020年日本映画 監督・春本雄二郎
ネタバレあり

4か月後に起こるウェブリブログの廃止に備えてseesaaブログに引越しした。それに際して変えていることがある。ラベルリスト(ウェブリのテーマ)における “ドラマ” を“人間劇”とすることにしたのである。理由は “ドラマ” の場合TVのドラマと誤解させる可能性があること。
 それはともかく、本作は正に人間劇と言うにふさわしい内容で、大いに考えさせられた。

数年前高校内における男性教師と女子生徒の性交渉が沙汰されて、女子生徒が自殺、マスコミに騒がれた教師が冤罪を主張して自殺するという事件があった。
 TV局の女性ディレクター瀧内公美は、その女子生徒の父親・松浦祐也、冤罪の疑いをかけられて自殺した教師の母親・丘みつ子と妻・和田光沙に取材して、学校の不正やマスコミの害悪を訴えるドキュメンタリーを撮っている。同時に、彼女は父親・光石研の経営する学習塾の講師も務める二足の草鞋を履く状態である。
 ある時教え子の女生徒・河合優美の妊娠が発覚し、あろうことがその相手が塾長であると知らされ、ジレンマに陥る。現在取材している家族の生活を知る彼女には、女生徒の父親・梅田誠弘に真実を告げようと言う父の発言を認めることはできない。為に噂のある女生徒の売春に活路を見出そうとするが、その疑いについて訊かれた女生徒は結果的に交通事故で重傷を負い、妊娠も発覚する。
 瀧内ディレクターは最後まで口を噤むつもりでいたが、遂に真実を彼女の父親に話す。

AllcinemaにあるP氏の“どんでん返しの連続がいささかあざとい”というのは、内容の読み違いであろう。
 撮っているドキュメンタリーの内容と重なる経験をするヒロインの葛藤を描くのが本作の狙いである以上、冤罪とされた教師が実際に性交渉を行っていたという事実の出現は観客を驚かす為のどんでん返しではなく、教師と生徒の性交渉という点において片や冤罪であるという対照的な相似事件が、実はどの点でも相似する事件と判明した時、嘘を付いていたと告白する妻にヒロインは正に自分の姿を見たのである。
 作者はこの挿話を観客の為に用意したのではなく、最後のヒロインの変心を描く為の布石として置いたのである。

自分を含めて関係者に大きな不幸を生む事件の周知についてヒロインが口を噤もうとしたのは全く責められない。弱さとも言い切れない。寧ろ彼女たちがそうしなければならなかったのは、人の不幸を喜ぶマスコミや社会に大きな責任があると僕は言いたくなるのである。本作は人間劇であるが、この部分に社会派映画の要素も見出せよう。

ヒロインの告白は、ドキュメンタリー作家として主張して来た正義が当事者として実行できず苦しくなった結果かもしれない。被害者の父親の判断次第で、大きな問題にならない可能性もあるが、映画はさすがにそこまでの未来を示さない。

脚本と監督を担当した春本雄二郎の着眼が大変良く、佳作と思う。

真実をゆう(言う)この天秤。

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