映画評「ゴヤの名画と優しい泥棒」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2020年イギリス映画 監督ロジャー・ミッシェル
ネタバレあり

60年程前に実際にあったゴヤの「ウェリントン公爵の肖像」盗難の顛末と背景を描いた実話もので、英国映画らしいユーモアが遺憾なく発揮された快作。やはりこういう上品なユーモアを扱わせたら現在のところ英国映画がNo.1だろう。

イングランド北部ニューカッスルに住む60歳絡みの理想主義者ジム・ブロードベントは、高齢者からBBCの視聴料を取るのはけしからんと、TVに細工をしてまで抵抗する。この件に関しロンドンへ出て、マスメディアや政治家に訴えてもなしのつぶてである。娘の自転車事故死を題材にした戯曲も出版社に持って行くが、まるで相手にされない。
 そんな折にロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤが盗まれる。ブロードベントはこの絵を衣装棚の羽目板に隠し、これを返すので想定されている価格を払えと当局に連絡する。自分の為ではなく高齢者が払うBBC視聴料に充当するのだと言う。やがて騒ぎが大きくなったので、老人は自ら手で持って美術館へ向かう。
 かくして逮捕された老人の裁判が始まり、殊勝な彼の目的がその結果にどういう影響を与えるか。

以上がブロードベント一人に絞ったお話であるが、現実離れした言論を弄し時にそれを実践する夫に現実的な言葉で対抗する糟糠の妻ヘレン・ミレンや、父に理解にある次男フィオン・ホワイトヘッドとの関係をちりばめて、家族の映画としても楽しめるように作られているところに好感を持つことができる。
 老人は自転車を与えたことにより娘を十代で失う原因を作ったと自責の念を禁じ得ない。細君は達観しているようでいて娘の墓を訪れることができない。夫君を責める気持ちがどこかにあるのだろう。しかし、彼女は夫の書いた戯曲を読んでその殻を突き破って墓参をし、夫婦の関係は再生されていく。

現在の僕に近い年齢と家族構成だけに少々胸が熱くなるところがある。見どころは、主人公が飄々とした態度で繰り出す諧謔的な言説で、良い部分が発揮できた時の英国人の姿がよく表現されていて、実は英国映画好きの僕を喜ばせた。

犯行前後の見せ方、ミスリードもなかなか上手いと思う。犯行の真相が判ったのを受けて、前段に映像の嘘がないか確認する為に該当場面をもう一度観たところ全く問題がなかった。

画面は、当時の気分を出すフッテージ利用が良い。この映画が活用するマルチ・スクリーンが流行るのはこの映画の舞台となった時期ではなく70年代だが、それでもこれを使って当時の空気感を醸成するのに努力しているのが伺われニヤニヤしたくなる。

兄貴は一時期地上波は映らないとして衛星放送分しか払っていなかった。家の前の竹やぶ(竹ならぬ他家所有)が邪魔をして映らないのだ。さて、NHKの衛星放送の枠が一つになる。そうでなくても僕には魅力の薄い映画放送が減るかもしれない。多少視聴料が下がってもこれでは困るのだ。昔よりは見る番組が増えたが、基本的にはNHKは高校野球しか見ないから、コスト・パフォーマンスが悪い。

この記事へのコメント

モカ
2022年10月14日 11:42
こんにちは。

楽しい映画でしたね。
生まれた時から ”爺さん顔” だったとしか思えないブロードベント氏と若かりし日の美貌になぞ何の未練も無さげなデイムヘレン…
(ヘレンミレン様、実際は今でも大変お美しい方です。多分お直しもされていないとお見受けしますが…)

BBCは良質のドラマをたくさん作っていますがドラマはご覧にならないんですよね? 下手な映画より余程面白いのがあるんですよ。
私も英国映画は好きです。文学や芝居の伝統がしっかりあって役者も上手いです。
それにもかかわらず映画になると板の上の芝居臭がしない所が流石だと思います。
オカピー
2022年10月14日 20:10
モカさん、こんにちは。

>生まれた時から ”爺さん顔” だったとしか思えないブロードベント氏

あははは。言えていまする。
因みに、日本で最初にお目見えしたのは「戦争の犬たち」の脇役らしい。

>ヘレンミレン様

「カリギュラ」で知名度を広めた時は、現在のような、英国映画界の重鎮になるとは予想できませんでした。

>ドラマはご覧にならないんですよね?

単発なら観ないこともないですが。
小説と違って、映画に関しては気が短いので(笑)
良いのがあったら、教えてくださいm(__)m

>それにもかかわらず映画になると板の上の芝居臭がしない所が流石だと思います。

そうですね。
英国映画は、アクションでもどこか知的です。

● ところで、モカさんがお休み?している間に、ブログの移転が完了しました。見た目は殆ど変わっていませんが、モカさんが心配していたコメントの書き込みは従来通りで、良かったですね!

これまでと違うのは、気持ち玉がなくなったことですが、モカさんに大きく影響があるのは、【ブログ内検索】の精度。
今度のは本当の本物の完全な【ブログ内検索】で、正しく入力すれば、まず出てくると思います。これからは楽できると思いますよ。

で、ウェブリのサーヴィスで、前のブログへ行くと、瞬時に現在のseesaaに辿り着く仕組みになっていますが、ウェブリ廃止となる来年の2月からそれができるかどうか不明なので、念の為、事前にこのseesaaブログのブックマーク(お気に入り登録)をしておいて貰えると助かります。「
モカ
2022年10月15日 15:19
ブックマークの方は抜かりなく済ませております。

ヘレンミレンは「第一容疑者」が一番の当たり役じゃないでしょうか。昔wowowでもやってましたからご覧になったかもしれませんが。「カリギュラ」は未見ですが、
「キャル」をもう一度観たいと思うもののDVDになっていませんね。

「第一容疑者」同様30年くらい前のドラマなんですが、BBCの「野望の階段」が面白かったです。アメリカでフィンチャー監督でリメイクされたらしいですがそちらは未見です。
 オリヴィアコールマン主演の「ブロードチャーチ 殺意の町」、ニコール・キッドマンとヒューグラントの「フレイザー家の秘密」とか…wowowとアマゾンで視聴可じゃないかもしれませんが。
そういえばさっきwowowを調べていたら以前お薦めしていた「ハロルドとリリアン」が11月1日に放映予定とありました。
オカピー
2022年10月15日 21:51
モカさん、こんにちは。

>ブックマークの方は抜かりなく済ませております。

サンクスです。

>「第一容疑者」

これと、「ブロードチャーチ 殺意の町」はWOWOWにありました。
確かに中途半端な映画を観るくらいなら、ドラマのほうが良いという思いもありますけど、連続ものは厳しい。
「第一容疑者」は連続ものではないみたいですし、配信が暫く続くらしいので、映画と同じ感覚で見られそう。

>「ハロルドとリリアン」が11月1日に放映予定とありました。

有難うございます。
これでうっかり見落とすことがなくなりそうです。
殆どの作品が配信で見られるので、以前よりその危険が減っていますが、ワールドシネマセレクションなどの地味な作品でも、配信に入っていない場合が結構ある為、油断はできません。