映画評「鑓の権三」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1986年日本映画 監督・篠田正浩
ネタバレあり
近松門左衛門は十余編原文で読んでいるが、本作の原作となる世話物「鑓の権三重帷子」は未読。
映画化したのは、既に「心中天網島」(1969年)で近松世話物の映画化に実績のある篠田正浩で、脚色(富岡多恵子)や音楽(武満徹)も同じである。
江戸中期初めの元禄時代。
江戸詰めしている松江藩主に嗣子が生まれ、地元松江藩で伝統あるお茶の行事が行われることになる。
が、藩士で茶の師範・市之進(津村隆)が同じく江戸に止められている為、弟子のいずれかが代理を務める必要が出てくる。その一人が槍の使い手である美貌の小姓権三(郷ひろみ)で、市之進の妻おさゐ(岩下志麻)に頼んで、夜分に秘伝の極意書を見せてもらう約束を交わす。その条件に出したのが娘との結婚であるが、実は彼には、ライバル伴之丞(火野正平)の妹お雪(田中美佐子)と深い仲になっている。しかし、出世には代えられないと承知する。
夜分に邸を訪れた権三の女性関係を知ったおさゐは、嫉妬に狂い、その証拠となる権三の帯を解き、自分の帯を締めさせようとする。彼が帯を外に放り投げた刹那、色仕掛けで極意書を手に入れようと忍び込んでいた伴之丞が飛び出して帯を奪い、不義密通の証拠を手に入れたと大声で街中を触れ回る。証拠品を手にされては万事休すと、二人は仇討されるのを前提に道行と相成る。
近松の世話物を読む(見る)と、現在に生きる僕は、儒教の夫婦観・家族観に不条理を感ぜざるを得ない。本作のような場合は、とりわけ、無罪のものがそのシステムによって却って事実に変じる可能性が生じ、関係者の誰もが幸福にならない。母親に去られた子供たちの不憫には胸がつまる。
日本にはまだこの古い家族観に縛られている人が少なくない。当事者の事情を全く慮らずに不倫(昔風に言えば不義)と聞くだけで目くじらを立てる人がいる。まして当時は親が決めた結婚であり、相手が暴力夫でも女性には結婚したら何の抵抗も出来ず、仮にその夫が死んでも再婚できないケースが結構あったのだ。
閑話休題。
その一方で、本作のヒロインは当時の感覚では不義と言われるような思いを胸の内に抱いていたのは事実で、単なる悲劇というだけでなく、甚だしく歪な男性優位社会にあって女性の情念を浮かび上がらせているところが作品の肝なのかもしれない。
こういう内面が激しいクール・ビューティを演じさせると岩下志麻は実によく感じを出す。貴重な女優と言うべし。宮川一夫のカメラはロングショットを多用してタイトにして美しく、琴線を激しく打たれる映画ファンも多いだろう。
WOWOWの郷ひろみ特集のうちの一本。多分全て観ているが、再鑑賞しても良いと思ったのは本作一本。
1986年日本映画 監督・篠田正浩
ネタバレあり
近松門左衛門は十余編原文で読んでいるが、本作の原作となる世話物「鑓の権三重帷子」は未読。
映画化したのは、既に「心中天網島」(1969年)で近松世話物の映画化に実績のある篠田正浩で、脚色(富岡多恵子)や音楽(武満徹)も同じである。
江戸中期初めの元禄時代。
江戸詰めしている松江藩主に嗣子が生まれ、地元松江藩で伝統あるお茶の行事が行われることになる。
が、藩士で茶の師範・市之進(津村隆)が同じく江戸に止められている為、弟子のいずれかが代理を務める必要が出てくる。その一人が槍の使い手である美貌の小姓権三(郷ひろみ)で、市之進の妻おさゐ(岩下志麻)に頼んで、夜分に秘伝の極意書を見せてもらう約束を交わす。その条件に出したのが娘との結婚であるが、実は彼には、ライバル伴之丞(火野正平)の妹お雪(田中美佐子)と深い仲になっている。しかし、出世には代えられないと承知する。
夜分に邸を訪れた権三の女性関係を知ったおさゐは、嫉妬に狂い、その証拠となる権三の帯を解き、自分の帯を締めさせようとする。彼が帯を外に放り投げた刹那、色仕掛けで極意書を手に入れようと忍び込んでいた伴之丞が飛び出して帯を奪い、不義密通の証拠を手に入れたと大声で街中を触れ回る。証拠品を手にされては万事休すと、二人は仇討されるのを前提に道行と相成る。
近松の世話物を読む(見る)と、現在に生きる僕は、儒教の夫婦観・家族観に不条理を感ぜざるを得ない。本作のような場合は、とりわけ、無罪のものがそのシステムによって却って事実に変じる可能性が生じ、関係者の誰もが幸福にならない。母親に去られた子供たちの不憫には胸がつまる。
日本にはまだこの古い家族観に縛られている人が少なくない。当事者の事情を全く慮らずに不倫(昔風に言えば不義)と聞くだけで目くじらを立てる人がいる。まして当時は親が決めた結婚であり、相手が暴力夫でも女性には結婚したら何の抵抗も出来ず、仮にその夫が死んでも再婚できないケースが結構あったのだ。
閑話休題。
その一方で、本作のヒロインは当時の感覚では不義と言われるような思いを胸の内に抱いていたのは事実で、単なる悲劇というだけでなく、甚だしく歪な男性優位社会にあって女性の情念を浮かび上がらせているところが作品の肝なのかもしれない。
こういう内面が激しいクール・ビューティを演じさせると岩下志麻は実によく感じを出す。貴重な女優と言うべし。宮川一夫のカメラはロングショットを多用してタイトにして美しく、琴線を激しく打たれる映画ファンも多いだろう。
WOWOWの郷ひろみ特集のうちの一本。多分全て観ているが、再鑑賞しても良いと思ったのは本作一本。
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