映画評「白夜」(1971年版)

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1971年フランス=イタリア合作映画 監督ロベール・ブレッソン
ネタバレあり

ロベール・ブレッソンがドストエフスキーの「白夜」を、現代パリに舞台を移して翻案した作品。

大学生の時に映画館で観た。実に素晴らしかった。僕の知る範囲で地上波、NHK-BS、WOWOWには出ていない。で、ソフトもなかったらしいが、2012年に小規模にリバイバルされ、ブルーレイも発売された。しかし、現在アマゾンの価格は新品なら58000円、中古でも30000円弱なり。とても手が出ない。
 そこで YouTube に発見した英語字幕付きのもので観ることにした。パソコンで観ようとしたら、子供に見せないコンテンツである為グーグルに登録しないと見られない。面倒くさいので、スマートTVで見ることにした。
 しかるに、TVが中国ブランドのせいか、頼みもしないのに中国語字幕が本来の英語字幕の上に被り、どうしても消せない。半分くらいは理解できたが、全部は無理だった。で、ブレッソン作品につき台詞は多くないからさほど問題にならないが、ブレッソンの映画としては多い方なのが頗る皮肉。
 しかるに、初見時も思ったように、本作は画面とそれに基づくムードを楽しむ映画なので、(100点満点の画質とは言えないものの)画面を見られるだけでかなり満足できると言うべし。

ヒッチハイクでパリに戻った若い画家ジャック(ギヨーム・デ・フォレ)が、ポン・ヌフで飛び込み自殺をしようとする妙齢美人マルト(イザベル・ヴェンガルテン)を助ける。これが最初の夜。
 次の夜、二人は互いの過去を告白するが、マルトがここに至るのは、1年前にアメリカに留学した恋人(ジャン=モーリス・モノワイエ)が、1年後にここで会うという約束を破って現れないのを悲観したのだ。
 彼の心は清楚な彼女の魅力に囚われ、翌日も会って話をする。四日目寄り添ってセーヌの川を見るうち月が煌々と照り、彼は見上げるが、マルトは道の先に恋人を見出す。ジャックは、感謝の言葉を告げた後彼と並んで去って行くマルトに呆然とする。
 翌日、いつもの習慣通り、絵を描きながら、彼女の幸福を願ってその思いをカセットに吹き込む。

というのが大体のお話だが、原作と比べてもルキノ・ヴィスコンティ版と比べても、物語性が希薄のような見せ方をする。そこが簡潔を持ち味とするブレッソンらしいわけだが、三日目・四日目の二人の対話も、交互に話しているのに夏目漱石ばりに低回的ムードを漂わすのが面白い。
 さらに、 ”I love you.” を月が綺麗ですね”と訳したとか訳さなかったとかの漱石ばりに “月を見てごらん” と言ったものの、彼女は碌に見ずに人波に待って久しい恋人を見出す。見事な失恋ぶりに “本作は喜劇なり” と仰った人の卓見に気付かされる。いずれにせよ、切ない恋物語ではあります。

夜が主な舞台であることが本作の貢献の第一で、圧巻は、光をつけた観光船が二人の前を通り過ぎるところ。その中で音楽グループがボサノバを弾き語りをしているのがムードを増幅し、僕を陶然とさせる。彼らは乗船する前に二人の前を歌いながら通り過ぎているのだが、その時点で既に卓抜した魅力を発揮していた。川を目前に控えた広場でヒッピーたちが横たわっているのも捨てがたい魅力を発散する。
 以上、画面を見る映画の所以なり。

田中絹代が監督した「月は上りぬ」と併せて観ると面白そう。

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