映画評「ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2015年アメリカ映画 監督ダニエル・レイム
ネタバレあり

30代の頃買った「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」という本に映画撮影の基礎となる絵コンテが出てくる。中でも「」(1963年)のそれは有名だが、その絵コンテを書いた人物が本作の取り上げるハロルド・ミケルスンなる人物で、最終的には美術監督や、映画の影の最大の功労者とも言えるプロダクション・デザイナーも務めている。
 本作が作られる以前に亡くなっている(2007年)ので、フッテージでの登場であるが、それでも豊富に映像が残っていて、その不足分を補う夫人リリアンの証言と相まって実に貴重なのである。

映画ファンであるなら、絵コンテ書きやプロダクション・デザイナーという職種があることは知らねばなるまい。実際監督がヘボでも、彼らがしっかりしていれば、それなりにしっかりした映画になる。そのようなことを本作に出演しているダニー・デヴィートーも述べている。

「鳥」のほか「卒業」も重要な作品として出てくるが、僕がかつて「卒業」(1967年)の映画評で “ショットの繋ぎが実に秀逸” と述べたが、それもかなりのところをミケルスン氏の力に負っているようである。アルフレッド・ヒッチコックの場合は彼の画面作りの才覚が圧倒的なので、ミケルスン氏の功績と相まってという感じを、彼自身のコメントからも受けるが、いずれにせよ、ミケルスン氏の映画に残した功績は僕らが思うより大きい。

他方、「十戒」などは彼の絵コンテ通りにセシル・B・デミルが撮っただけという感があり、絵作りという点においてデミルは殆ど何もやっていないに等しいと理解できる。
 にもかかわらず、絵コンテは縁の下の力持ちの代表的な仕事で、彼はデミルと会ったことはないし、監督によってはその存在を知られたくないので昔はその存在がないかのように扱われたことが多いようである。細かな業務者の名前が洩れなくクレジット・タイトルに出る現在からは想像もつかない。

しかし、リリアンは彼の証言者としてでてくるだけでなく、彼女の仕事であったリサーチについて語る役目を負った主人公として出てくる。あくまで彼女が主人公だ。
 絵コンテ以上に知られていない仕事だろうと思うが、映画の本当らしさを実現する為に重要なのがこの仕事で、日本映画に疑問が頻出するのは、この仕事がきちんと業務化されていないからではないかと、僕は勝手に想像する。
 歴史、戦争・戦場のことから、麻薬取引、空想科学のことまで彼女あるいは彼女たちは徹底して調べるのである。
 彼女はリサーチ・ライブラリーの管理者になるが、この記録庫を保持する為に尽力を重ね、ある映画会社が潰すと言えば別の映画会社に頼み、最後はドリームワークスに行き着く。そして、後継者を築いた上で、現在は映画関係者専門の老人ホームにいるらしい。

最近はこうした裏方を紹介する映画が色々と作られるようになっているが、本作が特徴的なのは、ドキュメンタリーであるにもかかわらず夫婦愛のドラマとして見事に収斂していくところである。
 【虻蜂取らず】或いは【二兎を追う者は一兎をも得ず】という諺がこの映画に関しては当てはまらず、裏方の仕事を詳細に語ることが夫婦愛を見せることに繋がり、夫婦愛の肝に常に各々の業務が関わっている、ということがよく解る。完成度の高いドキュメンタリーと思う。

じーんとしました。結婚60年の少し前に夫君が亡くなる。我が両親も母があと一年命を永らえれば結婚60年を迎えられた。

この記事へのコメント

モカ
2022年11月08日 17:13
こんにちは。

素敵なご夫婦でしたね!
ハリウッドの階級社会で嫌な思いも度々してきたはずなのに自分の仕事に誇りを持ち続けて、お二人共その分野での第一人者になるなんて…理想の夫婦像ですね。

「絵コンテ」なる物は黒沢明の物しか見たことがなかったので、黒沢さんの専売特許かと思っていた時期がありました。

脚本段階ではただの艶笑コメディだった?「卒業」が当時の高校生にあんなに大ウケする映画になったのは1にサイモン&ガーファンクル、2にハロルドの絵コンテ、配役の妙でしょうね。
オカピー
2022年11月08日 22:00
モカさん、こんにちは。

モカさんの紹介と連絡で、見落とさずに済みました。
保存版にします。

>素敵なご夫婦でしたね!

相手に過大に求めなければ、夫婦は仲良く出来るものですね。

>ハリウッドの階級社会で嫌な思いも度々してきたはずなのに

スタッフ同士の夫婦でも、どうしてもロケで離れ離れになることが多いので、長持ちしないとも言っていましたね。

>「絵コンテ」なる物は黒沢明の物しか見たことがなかった

僕が最初に知ったのは、本文で触れた本におけるヒッチコック御大ですが、黒澤御大のものはその直後くらいにTVで見た記憶があります。黒沢御大はご自分の絵ですよね。

>大ウケする映画になったのは1にサイモン&ガーファンクル、2にハロルドの絵コンテ、配役の妙

そうでしょうねえ。
S&Gの音楽は既成曲も見事に嵌っていました。素敵でしたねえ。