映画評「ビジョンズ・オブ・ライト/光の魔術師たち」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1992年アメリカ=日本合作映画 監督トッド・マッカーシー、スチュアート・サミュエルズ、アーノルド・グラスマン
ネタバレあり
WOWOWが今回特集した映画の裏方シリーズ第4弾は、実際には裏方どころか第二の監督と言える撮影監督についてである。厳密には、彼らが自分の体験を踏まえて語る(主にアメリカ映画の)撮影の歴史について。
音のないサイレント映画では撮影がお話を語る全てであるから撮影技術は自ずと日進月歩していた。アルフレッド・ヒッチコックがかつて語り、本作に登場する撮影監督のどなたかも仰っているのは、トーキーの到来がもう少し遅かったら撮影はさらに劇的に進歩していたにちがいない、ということ。
この後「風と共に去りぬ」に代表される初期のカラーも触れられるが、まだまだモノクロ時代にあって後世に多大なる影響を残したのがグレッグ・トーランドである。この人は「市民ケーン」でのパン・フォーカスの仕事でよく知られる。パン・フォーカスとは、ピントが近景から遠景まで合っている撮影手法で、本作の言い方では“焦点が深い”。
これによって映画作りが随分変わり、この直後から始まるフィルム・ノワールの隆盛に寄与した一因である。フィルム・ノワールでは影を生むライティングが非常に重要で、影の使い方はドイツの表現主義に影響されたようだ。ドイツから渡った映画人が多いせいでもある。
その後に起こるのはワイドスクリーン化で、撮影や表現の可能性が随分広がると共に難しくなった変化であるが、その初期作品「ピクニック」幕切れにおける初期の空撮はシネマスコープの広い画面を生かし、震えるくらい素晴らしい。主人公を追うヒロインの乗るバスを見ろしていたカメラが右側に移動すると主人公が乗る列車がフレームインしてくるのだ。
ロマン・ポランスキーに関するウィリアム・A・フレイカーのコメントには頷かせるものがある。ポランスキーが「ローズマリーの赤ちゃん」で老婦人をドア越しに半分しか撮らせない。それにより観客は思わず体を反対側に動かしてその見えないところを見ようとするというのである。僕も似たような経験をしたことがある。
「ゴッドファーザー」ではロー・キーのお話が多いが、マイケル・ボールハウスは「グッドフェローズ」での有名な “ヴァーティゴ” 手法を語る。トラックバックしながらズーム・アップするのである。すると中央にいる役者はそのままで背景だけ徐々に大きくなるのだが、この名称はヒッチコック御大が初めて本格的に使った傑作「めまい」Vertigoから生れた。
「ジョーズ」のビル・バトラーのコメントも面白い。監督のスティーブン・スピルバーグはボート上の場面も彼らしく固定カメラに拘ったが、バトラーが反対した。固定にすると観客が船酔い状態になるので、それを避けるべくハンディカメラにしたというのだ。チャップリンの短編喜劇で酔っ払いが揺れる船の上ではきちんと歩けるというギャグを思い出させる話。
といった具合に撮影監督ごとに色々面白いコメントがあるが、1992年の作品なので、CGに対する不安は全く聞かれない。
近年は撮影監督の有難味は相対的に減っているように思う。個々に良い仕事をした撮影監督はあまたいるものの、目立つ撮影監督はクリント・イーストウッド監督が起用するトム・スターンや、ロジャー・ディーキンズくらいで、どうも寂しい。彼らに意見を聞いてみたいところだ。
平均的な映画ファンであれば、本作に出てくる撮影方法・用語で知っておいた方が良いのはパン・フォーカス(焦点が深い)くらいなので、用語は余り気にせずにご覧になって戴きたい。
ここで取り上げた映画は一般の人もよく知る映画ばかり。有名な映画は単なる話題性だけでなく撮影に大きな発展に寄与した作品も多いということですね。
1992年アメリカ=日本合作映画 監督トッド・マッカーシー、スチュアート・サミュエルズ、アーノルド・グラスマン
ネタバレあり
WOWOWが今回特集した映画の裏方シリーズ第4弾は、実際には裏方どころか第二の監督と言える撮影監督についてである。厳密には、彼らが自分の体験を踏まえて語る(主にアメリカ映画の)撮影の歴史について。
音のないサイレント映画では撮影がお話を語る全てであるから撮影技術は自ずと日進月歩していた。アルフレッド・ヒッチコックがかつて語り、本作に登場する撮影監督のどなたかも仰っているのは、トーキーの到来がもう少し遅かったら撮影はさらに劇的に進歩していたにちがいない、ということ。
この後「風と共に去りぬ」に代表される初期のカラーも触れられるが、まだまだモノクロ時代にあって後世に多大なる影響を残したのがグレッグ・トーランドである。この人は「市民ケーン」でのパン・フォーカスの仕事でよく知られる。パン・フォーカスとは、ピントが近景から遠景まで合っている撮影手法で、本作の言い方では“焦点が深い”。
これによって映画作りが随分変わり、この直後から始まるフィルム・ノワールの隆盛に寄与した一因である。フィルム・ノワールでは影を生むライティングが非常に重要で、影の使い方はドイツの表現主義に影響されたようだ。ドイツから渡った映画人が多いせいでもある。
その後に起こるのはワイドスクリーン化で、撮影や表現の可能性が随分広がると共に難しくなった変化であるが、その初期作品「ピクニック」幕切れにおける初期の空撮はシネマスコープの広い画面を生かし、震えるくらい素晴らしい。主人公を追うヒロインの乗るバスを見ろしていたカメラが右側に移動すると主人公が乗る列車がフレームインしてくるのだ。
ロマン・ポランスキーに関するウィリアム・A・フレイカーのコメントには頷かせるものがある。ポランスキーが「ローズマリーの赤ちゃん」で老婦人をドア越しに半分しか撮らせない。それにより観客は思わず体を反対側に動かしてその見えないところを見ようとするというのである。僕も似たような経験をしたことがある。
「ゴッドファーザー」ではロー・キーのお話が多いが、マイケル・ボールハウスは「グッドフェローズ」での有名な “ヴァーティゴ” 手法を語る。トラックバックしながらズーム・アップするのである。すると中央にいる役者はそのままで背景だけ徐々に大きくなるのだが、この名称はヒッチコック御大が初めて本格的に使った傑作「めまい」Vertigoから生れた。
「ジョーズ」のビル・バトラーのコメントも面白い。監督のスティーブン・スピルバーグはボート上の場面も彼らしく固定カメラに拘ったが、バトラーが反対した。固定にすると観客が船酔い状態になるので、それを避けるべくハンディカメラにしたというのだ。チャップリンの短編喜劇で酔っ払いが揺れる船の上ではきちんと歩けるというギャグを思い出させる話。
といった具合に撮影監督ごとに色々面白いコメントがあるが、1992年の作品なので、CGに対する不安は全く聞かれない。
近年は撮影監督の有難味は相対的に減っているように思う。個々に良い仕事をした撮影監督はあまたいるものの、目立つ撮影監督はクリント・イーストウッド監督が起用するトム・スターンや、ロジャー・ディーキンズくらいで、どうも寂しい。彼らに意見を聞いてみたいところだ。
平均的な映画ファンであれば、本作に出てくる撮影方法・用語で知っておいた方が良いのはパン・フォーカス(焦点が深い)くらいなので、用語は余り気にせずにご覧になって戴きたい。
ここで取り上げた映画は一般の人もよく知る映画ばかり。有名な映画は単なる話題性だけでなく撮影に大きな発展に寄与した作品も多いということですね。
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