映画評「クレッシェンド 音楽の架け橋」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年ドイツ映画 監督ドロール・ザハヴィ
ネタバレあり

国連関係?の女性ビビアナ・ベグローが、世界的に有名なドイツ人指揮者ペーター・ジモニシェックを訪問し、イスラエルとパレスチナの若者たちによるオーケストラを作って貰えないかと談判する。自らナチス加害者の息子として苦い経験のある彼はその難しさをよく知る彼は逡巡するが、同時に思う所もあって引き受ける。
 予想通り二組の仲違いはイスラエル国内でのオーディションの時から発生、南チロルの合宿地へ移り、バイオリニストからリーダーを決める時も、パレスチナの女性サブリナ・アマリとイスラエル男性ダニエル・ドンスコイとが激しくバッティングする。しかし、指揮者が互いの憎しみを敢えて戦わせるなどするうち次第に一致協力するムードになり、明後日に本番を迎えようという日が訪れる。
 好事魔多し、その間に愛を育んだパレスチナ青年メディ・メスカルとイスラエル美人エヤン・ピンコヴィッチとが、手を取り合って親の反対から逃れる為に合宿地から逃亡した際に若者が事故死(なのか曖昧)してしまい、この企画は結局頓挫する。
 帰国の途につく空港で二組が夫々別れて座っている時、ドンスコイが立ち上がって“ボレロ”を弾き始めると、双方の演奏家たちが立ち上がり協演するのである。

この映画が提示した命題は “音楽は対立を超えるか?” だ。それ自体は今までも時に扱われてきたが、ここまで直接的にそれを見せようとした作品は記憶がない。

個人差は多少あるにせよ、二組の互いに対する憎悪は物凄い。長い時間がもたらす憎悪は、構造的には日韓問題に似ているものの、その比ではなさそうである。

映画は彼らを統率する指揮者を戦犯の息子という設定にし、敢えてイスラエルにまで行かせる。しかも、南チロルでは何者かに軽い襲撃を受ける。単なる嫌がらせなのか、ユダヤ系の過激派なのか? とにかく、ナチスとユダヤ人の対立をイスラエルとパレスチナの対立とに比較する試みであろう。
 個人的には、この二つの対立関係は同じではないと思う。ナチスは理由もなしに人倫的に認めがたいことをやったのであって、ユダヤ人が2000年前にいた場所に戻って既に住んでいた住民から土地を奪ったのとは比較にならない。とは言え、パレスチナのアラブ人の気持ちも良く解る。
 現実に暴力の応酬が未だに継続しているのでそう単純化は出来ないものの、祖先から脈々と語られることでその憎悪が膨らみ、暴力に繋がっているという面もあるだろう。

数を限って行けば、この映画におけるように、音楽が両者に和平をもたらすことはあり得る。しかし、本作はそれだけで終わりにはしない。両民族の若者が愛し合うという最も理想的な和平の実現が、皮肉にもその和平を壊す。

映画が敢えて厳しい障壁を持ってきたのは、問題の大きさを考えれば理解できるが、僕はこの挿話以降の展開はかなり作り物めいていると感じる。
 空港でのエピソードが感動的であればあるほど、エヤン嬢が不用意にSNSを使うなどして劇的な展開に一気に突入してしまうところがどうも気に入らない。事故か事件かはっきりしないので企画の頓挫を巡って感情的にすっきりしない。
 そこを曖昧にするなら彼を殺すべきではなかった。彼を生かして企画の順延といった展開にした方が、感動性はともかく、自然になったと思われ、僕をして減点をする気分にさせなかったはずである。

本作は実際の楽団をヒントにしているが、モデルではない。実際にはユダヤ系の名指揮者ダニエル・バレンボイムがパレスチナの文学者と協力して創設したもので、企画が頓挫して関係者が立ち去ったなどという挿話はない。

この記事へのコメント

2022年12月04日 10:24
知ってはいても遠い国の対立で、こういう人々もいるのだなあと知らせてくれるのはいいと思います。
オーケストラの曲をもっと堪能して、会場での成功で感動したかったですが、その点では異色というか予想外な、民族対立話でした。
オカピー
2022年12月04日 20:22
ボーさん、こんにちは。

>知ってはいても遠い国の対立

小学高学年の頃、ニュースでPLOがテロリスト扱いされていて、怖がっていましたけど、事情を良く知るとそんな単純なものじゃないと思い知ったものです。
アラファト議長も人の良さそうな感じでしたし。こういう人を激しい闘争に追い込む対立の残酷!