映画評「ドリームプラン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年アメリカ映画 監督レイナルド・マーカス・グリーン
ネタバレあり

球技において野球の次に好きなのはテニスだった。TV放映が割合多いことがその理由で、NHKが独占していたウィンブルドンに加え、WOWOWの開局と共に他の四大オープンも良く観たものである。
 しかし、今世紀に入って徐々に観なくなってきた。その理由の一つが、本作の主題であるヴィーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹なのだ。男性並みの球速を誇る弾丸サーブを軸としたパワー・テニスが、グラフやヒンギスのようなオーソドックスなテニスに比べて呆気ない感じがした。男子テニスに近すぎる。迫力とスピードでは男子だが、面白味はラリーが続く女子であるという考えを持っていたから、男子テニスに近くなって面白味が感じられなくなったのである。

閑話休題。

そのヴィーナス(サナイヤー・シドニー)とセリーナ(デミ・シングルトン)が10歳前後の頃からお話が始まる。
 カリフォルニアの治安のさほど良くないコンプトンという町に暮らすリチャード・ウィリアムズ(ウィル・スミス)は夜警の仕事をしながら、昼間は5人の姉妹(上の三人は前妻の子供らしく、苗字が違う)のうち下のヴィーナスとセリーナを自己流で徹底的にしごく。
 しかし、二人をテニスのスーパースターにするプランは、白人の裕福な家庭が持つそれとは違って、かなり独自のものである。それが一番発揮されるのは、最初に無償で雇ったプロ・コーチ、ポール・コーエン(トニー・ゴールドウィン)や次に雇ったコーチにしてテニススクールの経営者リック・メイシー(ジョン・バーンサル)の要求を無視して、ある時から試合に全く出させないという方針である。

信念を通す頑固一徹さは星一徹も顔負けで、家族を含めて彼に関わる関係者全員を辟易させるところがある一方、要領の良いところも見せる。メイシーの契約に対し彼自身の契約書も見せて、家族全員の引越しを強引に認めさせたりするのである。

映画は、二人の姉妹のうちヴィーナスに断然重きを置いている。それはリチャードのプランを描く上で最初にプロになったのが姉ヴィーナスだからというに過ぎないわけだが、映画のクライマックスは彼女が14歳で漸く復帰したプロ第一戦と第二戦だ。

この第二戦の相手が当時最強と紹介されるビカリオ。"あれっ、当時の上位選手は大概知っているけれど聞いたことないぞ"と首を傾げていたら、フルネームでその理由が解った。日本ではアランチャ・サンチェスと言われたスペインの強豪選手だ(演じる役者がまるで似ていない)。そう言えば日本でもサンチェス=ビカリオということもたまにあった。しかし、ビカリオ単独ではとんと聞いたことがない。

ともかく、この試合はサンチェスの心理作戦で大逆転負けを食らってヴィーナスは大いに落ち込む。が、家族や観客は彼女を絶賛して元気を取り戻す。また、自分の父親から甲斐甲斐しく扱われないことに落ち込んでいるセリーナを父親は“お前は世界最高になる”と元気づける。本作で僕が一番じーんとしたのはセリーナに対する父親のこの言葉と態度である。

ヴィーナスの馬力を目の当たりにした時彼女の栄光はグラフのように長く続くと思ったが、意外に短かった。父親の予言通りセリーナが台頭し、東欧系が馬力をつけて次々と現れて来たのである。
 リチャードが嫌ったのは白人式教育による燃え尽き症候群で、その典型が本作でも扱われるジェニファー・カプリアティだ。彼女をめぐるニュースは僕も色々と聞いた。しかし、彼女はその後復活してWTAランキングの1位に何週間かつく(通算ではヴィーナスを凌ぐ)。

アメリカにおいてテニスとフィギュア・スケート選手に黒人は珍しい。野球でさえ余りいない(大リーグの黒人選手の大半は中南米出身)。バスケットボールが黒人に圧倒的に人気なのは道具が余り要らず、貧乏人でもうまくなれるスポーツだからである。

この記事へのコメント

2022年12月04日 18:27
あのウィリアムス姉妹が、父親のプランで一流選手になったとは。資質がなければ、なれなかったでしょうけど…。素直に頑張ったのもプラン成功?
オカピー
2022年12月04日 20:46
ボーさん、こんにちは。

>素直に頑張ったのもプラン成功?

そういう風な子供に育てるのもプラン!
恐るべし、リチャード・ウィリアムズ!