映画評「ザ・ビートルズ:Get Back」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
2021年イギリス=ニュージーランド=アメリカ合作映画 監督ピーター・ジャクスン
ネタバレあり

2020年5月から8月までYouTubeにアップロードされた“ゲット・バック・セッションズ”14日分をダウンロードして全てCD化した。曲ごとにトラックを分けて曲名をつけたので長い時間がかかった。トータルで48枚、およそ60時間分だが、15日以降が出る前、8月後半にそれまでの音源も全て消えた。
 思うにこれは2021年8月末に本作が劇場公開される予定期日の1年前だからではなかったかと、後になってそう思ったものである。

で、結局劇場公開はされず、2021年末にディズニー・プラス配信となって映画館でどでかい音量でビートルズの演奏を聞こうと思っていた僕は怒り心頭に発したものだが、なくなったものは仕方がない。そして、財布と相談して漸く今頃になってブルーレイの日本版3枚組を買った。ディズニー・プラスには加入したくなかったので。

7時間48分と長尺につき、1日に1枚ごと鑑賞したが、すると後で発表する映画評に困る憂き目に遭う可能性もあると思い、WOWOWで放映されたロマン・ポルノの60分くらいのものを二本ざっと観てさっと書き上げた。

僕は少し遅れた平均的なビートルズ・ファンと思う。オリジナル・アルバム(アナログ・ディスクとCD)とモノ版(CDのみ)全て、「サージェント・ペパーズ」「アビイ・ロード」のリミックス(CD)、アンソロジー三作(CD)、一部のブートレグCDは買ったが、今回の「リボルバー」リミックスの発売によってYouTubeでリミックス盤も発売当日にダウンロードできると解ったので、もしかしたらもうCDは買わないかもしれない。ましてアナログ・ディスクを集めるのは無理だ。

さてさて、50年前中学生の頃「レット・イット・ビー」を映画館で観た後、70年代のうちにTVでもう一度観たが、80年代前半に一度TV放映されたのを最後にこの映画はシャットアウトされて金輪際観られなくなった。

本作はその時マイケル・リンジー=ホッグの指導の下に取られたセッションの映像と音源とを取捨選択して映画「レット・イット・ビー」の6倍の長さで再編集した作品と思えば、ほぼ間違いない。
 「レット・イット・ビー」の記憶はもう定かではなくなっている。ポール・マッカートニーがピアノを弾いている場面の印象が強く、他は時々入る小野洋子、ルーフトップ・コンサートの記憶ばかりである。今回同様警官も出て来るが、あの作ではこのライブは多分短縮版であっただろう。

およそ2週間後に設定されたTVショーの為にリハーサルを行い、それを撮るドキュメンタリーとして撮影していたのが「レット・イット・ビー」と本作の元となった大量のフィルムであるが、彼らが大揉めに揉めた理由は曲作り以上に、そのショーに対するスタンスの違いのような気がする。
 それがやがて音楽論に発展し、7日目におけるジョージ・ハリスンの脱退宣言となる(冒頭で全てCD化したと書いたが、実はジョージとの四者会談後の8日目は殆ど会話なので大半をカットし、音楽を中心に再編集したというのが実際。カットせずに作ったCDも会話は映像なしには退屈なので大概飛ばして聴く)。

ジョージが言うには、彼が思うようにできたのは「ホワイト・アルバム」が初めてということで、中期までのジョン・レノン、後期のポール指導体制(笑)に堪忍袋の緒を切ったのだ。
 曲作りに自信を深めて、復帰後ルーフトップ・コンサートの前日に“曲がたまってはいるし、ソロ・アルバムも作ってみようかと思っている”とも発言している。
 しかし、ポールやジョンの下でやったことが彼の演奏力、歌唱力、作曲能力を効果的に伸ばしていったと僕は思うわけで、そういうところを軽視してはいけない。
 いずれにしても、復帰後のジョージは大分陽気になっていたのが印象深い。

画面からは、確かにこの時代はポールが統率していることが伺われ、本人もジョンもそれを自覚して明言している。とは言え、ジョンの才能も物凄いので内心面白くないであろうことが、逆に彼のジョークやおふざけによって感じられなくもない。
 ただ、映画「レット・イット・ビー」が葛藤ばかり映し陰鬱なムードを醸成していたのに比べると、本作はジョンは勿論ポールのおふざけも少なからず観られる。リンゴ・スターは昔の劇映画同様の感じで、我関せずという態度が目立つ。ジョンが良くも悪くもいい加減(公式録音でも歌詞の間違いが多いのが愉快)なのに対し、ポールは完全主義者で徹底してやろうとする。これがジョンやジョージの不満を惹起したのだった。ジョージは理想主義者で、ストイック。おふざけは殆どない。最終日のライブで警察が外したアンプの電源コードをさりげなく嵌め直す辺りは実に格好良い。

結局途中でショーの企画は頓挫、久しぶりのライブに特化する方針が出て、最終的に自分達で作ったアップル・ビルの屋上で行うことに決定される。
 ポールに至っては前日帰る時も逡巡している(他の三人の手前の演技だったかもしれない。YouTube「みのミュージック」のみの君はポールはやる気満々と解釈している)のだが、当日の朝になるとやる気満々な様子を示すのがご愛敬。しかも、ここで歌う"I've Got a Feeling"の歌唱は彼の歌唱史でも最高の部類である。

長年のビートルズ・ファンとして、ルーフトップ・コンサートは勿論感動的なのだが、僕が一番感嘆したのは「ゲット・バック」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」「レット・イット・ビー」の原型が撮影中に生れ、完成形に近づいていくところである。ベースをコードで弾きながら「ゲット・バック」の原形を瞬間的に生む辺りのポールの才能に恐れ入った。

本作におけるルーフトップ・コンサートは街頭の人々の声の挿入により完全な形では聴けないが、音声だけなら完全版を自前のCDで持っている。しかし、既に発売されて映画館でも観られた映像付きの完全版もできれば欲しい。

一部の人から騒音だと苦情を届けられ警察が出て来る羽目になったこのゲリラ的ライブに対する町民の声は概して好評だ。中年以上にも批判的な人は意外なほど少ない。勿論どのように取捨選択されたか定かではないものの、二十数分の演奏と並行するインタビューなので捨てられたものはそう多くないはずだ。

言うまでもなく実行しているであろうが、ビートルズ・ファンであれば必見。一般のロック・ファンも見ておいた方が良いと思う。

(人の悪口を言うことだけを売りにしている)某三流雑誌が「ゲット・バック」は元来移民差別の歌(であり、後になって言い訳をしている)と悪口を言ったのは大嘘で、この映画を観ると、移民排斥を主張する保守議員イノック・パウエルの演説に対するプロテスト・ソングであることが明確に解る。歌詞は揶揄する為にその発言をパロディー化しているから、そこだけを切り取れば差別の歌と曲解することもできるわけだ。後ではなく、その歌詞を考えた僅か数日後に一時プロテスト・ソングとして考えたこともあるとポールが述べている。全くひどいデマである。

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