映画評「ブルー・バイユー」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2021年アメリカ=カナダ合作映画 監督ジャスティン・チョン
ネタバレあり

リンダ・ロンシュタットの歌唱で印象に残っている「ブルー・バイユー」(作:ロイ・オービスン)と関係のある映画かと想像した通り、劇中主人公の妻たるヒロインによりこの曲が歌われる。前世紀に或る数分間のミニ番組がこの曲を流したのを憶えている(ジャンク記憶の典型)。

韓国系米国人のジャスティン・チョンが脚本を書き、監督をし、主演もした。その熱意に相応する秀作である。

30年程前3歳の時にアメリカの白人夫婦の養子になった元韓国人で刺青師をするチョンが、6歳くらいの娘シドニー・コワルスキのいる白人女性アリシア・ヴィカンダーと結婚し、実の娘も間もなく誕生予定である。
 ところが、スーパーで買い物をしていると、彼女の前夫で警官のマーク・オブライエンが人種差別主義の相棒と現れ、相棒が一方的に暴力を振るったのが原因で逮捕されてしまう。それでかつての養子縁組に問題があり、余程の事情がない限り追放処分になると告げられる。バイク盗難の前科があるのも弱い。
 弁護士を雇うのも費用が高く、彼は再びバイクを盗んでその売却費用で賄う。が、彼が死んだとしていた養母が生きてい、費用捻出に関しても嘘を付いたことからアリシアは怒って家を出てしまう。
 それでも何とか裁判に漕ぎつくが、その当日例の相棒とその仲間に暴力を振るわれ、裁判所に赴けなかった為に彼の追放が決まってしまう。飛行場に連行された彼の前にアリシアと娘が現れる。移民局職員に強制的に歩を進めさせられる彼は二人に再会を約してその場を後にする。

日本は先進国の中では外国人に冷たい国で、かなり確実な難民でも難民認定をせず(ウクライナとミャンマーの人に対する態度の違いを見ても未だに日本は有色人種を下に見ている)、収容所において数年に一度死者を出す。国際機関から是正を求められても改善しようとしない。この件に限らず、日本は世界でも有数の勧告無視の国である。
 しかるに欧米にも色々と問題がある。本作は、アメリカにおける国際養子縁組の問題を打ち出したものである。アメリカで大量に行われる養子縁組の問題は、大半の養親が養子の市民権取得に関する尽力をしないことにあるらしい。養親のエゴの犠牲になる養子、本作主人公が遭遇したような悲劇は無数にあるということだ。

この問題を明らかにしただけでも本作は価値があると思うが、抒情性豊かで優れた映画的ムードを醸成しているところを大いに買いたい。全体として抑制されたタッチであるのも良い。
 飛行場の場面は、愁嘆場として大きな山を成しているが、描写自体は大仰な表現に走らない。本作の通奏低温的な手の結び付きが強調されるくらいである。終始陰鬱な内容なのに必ずしも重苦しくないのも賞賛に値すると思う。

子役のシドニーちゃんが実に良い。

この映画を観て思い出した。日本の国籍法が改悪されるらしい。それによると、未婚の外国人女性が生み、日本人の父親が認知して日本の国籍を得た子供について、時間を遡って国籍を剥奪するという。今50歳の人でも不法滞在者になり、その人が設けた子供たちは無国籍になる可能性があるそうだ。これが先進国と言われる国のやることか? 人口減少で労働者や消費者を増やす必要がある国にとってマイナスにしかならないことをよくやるよと思う。まだ完全に決定したわけではないので、誰かが止めてほしい。

この記事へのコメント

モカ
2023年01月16日 13:08
こんにちは。

この映画の重さは後を引きますね…昨夜見たばかりですが泣く事がカタルシスになって終わるといった類のものではないですね。
私の場合、いい映画や小説はEND以後の登場人物達の幸せを願わずにいられなくなる物なので、そう言う意味でもこれは素晴らしかったです。つらいですけれどね…

去年、荒このみ先生の「歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベーカー」を読んだ事を思い出しました。
ご存じでしょうが、アメリカでの人種差別を逃れてフランスに渡り成功した彼女は肌の色のそれぞれ違う孤児十数人を養子として引き取り理想郷のような家を作ろうとしたようです。
戦後、日本のエリザベスサンダースホームも訪れて2、3人の子供を引き取ったとありましたが、成人した後の彼らの様子については1、2行の記述しかなかったのが少し気に掛かっていました。 日本にいるよりは幸せになっておられたらいいのですが…
オカピー
2023年01月16日 18:24
モカさん、こんにちは。

>いい映画や小説はEND以後の登場人物達の幸せを願わずにいられなくなる

それは、僕も同じですね。
逆に言えば、それが良い映画の証拠みたいなもの。

>ジョセフィン・ベーカー
>アメリカでの人種差別を逃れてフランスに渡り成功

ここまでは知っております。
彼女の名前を知ったのは百科事典によってですが、アル・スチュワートが彼女を歌ったその名も“ジョセフィン・ベーカー”という曲で、印象付けられました。

>日本のエリザベスサンダースホームも訪れて2、3人の子供を引き取った
>日本にいるよりは幸せになっておられたらいいのですが…

そうですね。
今の日本の児童福祉は当時より大分マシになっていると思いますが、色々の面で奇妙なところも多い。