映画評「ユンヒへ」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年韓国映画 監督イム・デヒョン
ネタバレあり
韓国映画だが、主な舞台は北海道の小樽である。この地を舞台に選んだのは監督イム・デヒョンが、小樽を舞台に岩井俊二が作った「Love Letter」にインスパイアされたかららしい。
韓国、高校卒業を目前にした娘キム・ソヘを抱えて工場の賄い婦として働いているシングル・マザーのキム・ヒエが、韓国人の母親と離婚した結果父親の母国・日本に引っ越していった女友達・中村優子から、別れて以来20年ぶりの手紙を受け取る。
母親が読む前に娘が読み、同級生のボーイフレンドと、勝手に彼女の住む小樽への旅を計画する。しかし、住んでいる場所も解っているというのに母親は旧友に遭おうとはしない。相手に対し何かわだかまりがあるらしい。女友達にしても手紙を出せず、それは喫茶店を営む叔母・木野花が密かに出したのである。
そんな母親たちの関係にじれた娘は互いに自分と会うように約束を取り付け、強引に再会させてしまう。
映画は、キム・ヒエの書いたが出していないかもしれない手紙を通して、二人が学生時代に百合族、昔の言い方をすればエスの関係にあったことを示し、互いの親が深く関係しているとは言え、20年前の別れについて未だに引きずっているものがあったのである。ヒロインのシチュエーションから同性愛が絡んでいるとは考えなかったが、なかなか繊細に伏線・布石を用意して丁寧に作っていると思う。
相似・反復の映画でもある。
中村優子は離婚した父親に引き取られた女性。キム・ヒエは自らが離婚して娘を引き取った女性。伯父のいる娘ソヘは叔母のいる中村優子の位置に居るわけである。
木野花が姪を招いて抱きしめ合えば、ソヘがボーイフレンドのソン・ユビンと同じように抱きしめ合う。ソヘが母親に付いたわけを説明すれば、中村優子も叔母に父親に付いたわけを説明する。
また、二人の女友達は共に自ら手紙を出すことができない。
ちょっとやりすぎの感じもするが、基本的に映画言語的な明確な意図をもって作られた作品は好きなので、評価には軽くプラスしておきたい。
かくして、韓国に帰った母親は、事実上のクビと相成った工場の代りに新しい職場を探し、将来的には料理店を開くという夢を見出す。
ヒロインが再婚しないのはやはり同性愛的な傾向があるからかもしれないし、中村優子が40くらいの現在まで結婚しないのはそれが理由だろう。
獣医をする彼女を誘って食事をする顧客の瀧内公美も同性愛者かもしれない。というのも、彼女に結婚しない理由を問われた中村が“自分が母親が韓国人であることを秘密にしてきたが、隠しておきたい秘密があるならそのまま秘密にしておきなさい”と彼女に言うのである。映画はそれ以上深入りしない。この場面は、勘の悪い観客がその意味の正しい理解に至らない可能性があるほど控え目な扱いが実に良かったと思う。
佳作。
邦題最後の”へ”は助詞だった。
2019年韓国映画 監督イム・デヒョン
ネタバレあり
韓国映画だが、主な舞台は北海道の小樽である。この地を舞台に選んだのは監督イム・デヒョンが、小樽を舞台に岩井俊二が作った「Love Letter」にインスパイアされたかららしい。
韓国、高校卒業を目前にした娘キム・ソヘを抱えて工場の賄い婦として働いているシングル・マザーのキム・ヒエが、韓国人の母親と離婚した結果父親の母国・日本に引っ越していった女友達・中村優子から、別れて以来20年ぶりの手紙を受け取る。
母親が読む前に娘が読み、同級生のボーイフレンドと、勝手に彼女の住む小樽への旅を計画する。しかし、住んでいる場所も解っているというのに母親は旧友に遭おうとはしない。相手に対し何かわだかまりがあるらしい。女友達にしても手紙を出せず、それは喫茶店を営む叔母・木野花が密かに出したのである。
そんな母親たちの関係にじれた娘は互いに自分と会うように約束を取り付け、強引に再会させてしまう。
映画は、キム・ヒエの書いたが出していないかもしれない手紙を通して、二人が学生時代に百合族、昔の言い方をすればエスの関係にあったことを示し、互いの親が深く関係しているとは言え、20年前の別れについて未だに引きずっているものがあったのである。ヒロインのシチュエーションから同性愛が絡んでいるとは考えなかったが、なかなか繊細に伏線・布石を用意して丁寧に作っていると思う。
相似・反復の映画でもある。
中村優子は離婚した父親に引き取られた女性。キム・ヒエは自らが離婚して娘を引き取った女性。伯父のいる娘ソヘは叔母のいる中村優子の位置に居るわけである。
木野花が姪を招いて抱きしめ合えば、ソヘがボーイフレンドのソン・ユビンと同じように抱きしめ合う。ソヘが母親に付いたわけを説明すれば、中村優子も叔母に父親に付いたわけを説明する。
また、二人の女友達は共に自ら手紙を出すことができない。
ちょっとやりすぎの感じもするが、基本的に映画言語的な明確な意図をもって作られた作品は好きなので、評価には軽くプラスしておきたい。
かくして、韓国に帰った母親は、事実上のクビと相成った工場の代りに新しい職場を探し、将来的には料理店を開くという夢を見出す。
ヒロインが再婚しないのはやはり同性愛的な傾向があるからかもしれないし、中村優子が40くらいの現在まで結婚しないのはそれが理由だろう。
獣医をする彼女を誘って食事をする顧客の瀧内公美も同性愛者かもしれない。というのも、彼女に結婚しない理由を問われた中村が“自分が母親が韓国人であることを秘密にしてきたが、隠しておきたい秘密があるならそのまま秘密にしておきなさい”と彼女に言うのである。映画はそれ以上深入りしない。この場面は、勘の悪い観客がその意味の正しい理解に至らない可能性があるほど控え目な扱いが実に良かったと思う。
佳作。
邦題最後の”へ”は助詞だった。
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