映画評「世界で一番美しい少年」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年スウェーデン=ドイツ=フランス合作映画 監督クリスティアン・ペトリ、クリスティーナ・リンドストレム
ネタバレあり

ルキノ・ヴィスコンティ作品において、個人的に一番愛しているのは「イノセント」で、一番凄味があると思うのは「ベニスに死す」。「ベニスに死す」を実際に見たのは数年後大学へ行ってからだが、1971年に主人公が偏愛する美少年タジオに扮したビョルン・アンドレセンが来日した時の騒動はよく憶えている。彼が歌って自身出演したCMで流された曲も憶えている、というより、思い出させられた。

本作は、世界で一番美しい少年とヴィスコンティに言わしめたビョルンの光と影を綴るドキュメンタリーである。
 光と言っても、彼自身はそれを光と思ったことはなく、常に影なのだが、少なくとも一時的とは言え世界特に騒がれたのは、外面的には光と言って間違いではないだろう。
 影は常に彼の内面にある。現在も俳優を続け、このところTV映画によく出ているようだが、本人が目指していたのは音楽家らしく、17歳の時に記録されたピアノ演奏も聴くことができる。

彼の不幸の第一は、遂に父親の名前を言わないまま母親バルブロが失踪(挙句の死、恐らく自殺)したことである。彼を父親の違う妹アンニケと共に引き取った祖母が、「ベニスに死す」以降ステージ・ママと化したこと。これが不幸の第二で、ビョルンの娘ロビーネ・ロマンに “父親を解放して欲しかった” と言わしめている。
 以降彼は内面に影を抱えたまま現在に至り、そのだらしない生活態度の為に、尽くしてくれた最後の恋人イェシカ・ヴェンベリに見限られてしまう。

シングル・マザーだったとは言え、母親はマルチな人でお金には不自由をしていなかったようで、1962年(ビョルン6歳)の頃の叔母との通話が録音されている。

近年71年に宿泊した帝国ホテルを再訪し、当時の関係者(マネージャーのマックス関、音楽プロデューサーの酒井正利)と再会し、カラオケで自分の曲を歌う(この場面は何故か非常に寂しく感じられた)。漫画家の池田理代子は「ベニスに死す」のビョルンを「ベルサイユのばら」のオスカルに投影したと証言、当時彼に感じた影は正しかったと語る。

映画としては、解りにくい編集や気取った部分もあるが、当時特に日本での騒ぎを知っている人間としてノスタルジーを加味してこれだけの☆★を進呈したい。

僕の考える美男子という意味ではアラン・ドロン(「若者のすべて」に出演)、ヘルムート・ベルガー(「地獄に堕ちた勇者ども」「ルードヴィヒ」「家族の肖像」に出演)のほうがふさわしいが、当時のビョルン・アンドレセンはまだ15歳ということもあってぐっと中性的、彫刻のような雰囲気を漂わす。ヴィスコンティの男性の趣味をよく感じさせる三人だ。

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