映画評「フジコ・ヘミングの時間」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・小松荘一良
ネタバレあり
フジコ・ヘミングは日本人とスウェーデン人のハーフのクラシック・ピアニストで、20年程前60代後半に突然有名になった。彼女を有名人にしたのはNHKの番組で、クラシックを余り聴かない僕も何故か見た。
これ以降引く手あまたで、日本は勿論、青春時代を過ごしたパリを中心とする欧州、アメリカでも定期的に公演を行っているようである。本作では南米での公演模様も紹介されている。
煙草を頻繁に吸い、ユニークな服を着た外観の為に、豪快な印象もあるが、持ちたいと思ったが実現しなかった子供の代りに猫を愛し、常に宗教心を持ち、実は純真な人であることが解る。
監督・小松荘一良の質問は敢えて全く示されず、彼女が各地のその場その場で語る言葉をスナップ的に捉え、これがなかなか味わい深い。猫のように人知れずに消えていきたいという死生観は、単なるクリスチャンとしての立場を越えて、興味深いではないか。
映画はパリ、ベルリン、サンタモニカの海外の自宅を歴訪する彼女を捉えつつ、勿論その地での公演の様子に加え、戦争末期から終戦直後の多彩な絵を含む少女時代の日記が「ドライブ・マイ・カー」で一般にも知られるようになる前の三浦透子の語りで紹介される。
日記と彼女の証言により、日本の生活になじめず直ぐに祖国に戻る父、スパルタ式にピアノ練習を強要する母親、父親を知らない弟(俳優・大槻ウルフ)という肉親との関係を浮き彫りにし、章スタイルを用いて整然としているようで、雑然としているようでもある構成が、豪快なようでいて子供のような彼女の人間ぶりと相まって、少女時代と青年期に患った難聴を乗り越えて来た一代記としてそこはかとなく感動を呼ぶ。
計算されつくした映画にはない美しさが、この作品にはあると思う。
YouTubeの利用で聴くポピュラー音楽の幅は広がったが、クラシックにまで手を伸ばせないのであります。クラシックの全集やオペラの十数巻に渡るアリア集を持っていますがねえ。
2018年日本映画 監督・小松荘一良
ネタバレあり
フジコ・ヘミングは日本人とスウェーデン人のハーフのクラシック・ピアニストで、20年程前60代後半に突然有名になった。彼女を有名人にしたのはNHKの番組で、クラシックを余り聴かない僕も何故か見た。
これ以降引く手あまたで、日本は勿論、青春時代を過ごしたパリを中心とする欧州、アメリカでも定期的に公演を行っているようである。本作では南米での公演模様も紹介されている。
煙草を頻繁に吸い、ユニークな服を着た外観の為に、豪快な印象もあるが、持ちたいと思ったが実現しなかった子供の代りに猫を愛し、常に宗教心を持ち、実は純真な人であることが解る。
監督・小松荘一良の質問は敢えて全く示されず、彼女が各地のその場その場で語る言葉をスナップ的に捉え、これがなかなか味わい深い。猫のように人知れずに消えていきたいという死生観は、単なるクリスチャンとしての立場を越えて、興味深いではないか。
映画はパリ、ベルリン、サンタモニカの海外の自宅を歴訪する彼女を捉えつつ、勿論その地での公演の様子に加え、戦争末期から終戦直後の多彩な絵を含む少女時代の日記が「ドライブ・マイ・カー」で一般にも知られるようになる前の三浦透子の語りで紹介される。
日記と彼女の証言により、日本の生活になじめず直ぐに祖国に戻る父、スパルタ式にピアノ練習を強要する母親、父親を知らない弟(俳優・大槻ウルフ)という肉親との関係を浮き彫りにし、章スタイルを用いて整然としているようで、雑然としているようでもある構成が、豪快なようでいて子供のような彼女の人間ぶりと相まって、少女時代と青年期に患った難聴を乗り越えて来た一代記としてそこはかとなく感動を呼ぶ。
計算されつくした映画にはない美しさが、この作品にはあると思う。
YouTubeの利用で聴くポピュラー音楽の幅は広がったが、クラシックにまで手を伸ばせないのであります。クラシックの全集やオペラの十数巻に渡るアリア集を持っていますがねえ。
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