映画評「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2019年アメリカ映画 監督トッド・ヘインズ
ネタバレあり

実話もの社会派映画である。欧米の社会派映画では関係者がほぼ全て実名で出て来る。この手の欧米映画を見る時にまず感心するのはそのことである。それについては何度も述べて来たので、この辺で終わりにするとして、日本の水俣病と似て地区住民VS大企業という構図の物語だ。

実は対岸の火事のお話ではなく、本作が扱うフッ素化合物PFOA(ペルフルオロオクタン酸)なる物質とPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は沖縄の米軍基地付近だけでなく、東京の西多摩でも問題になっていて、町民の血液検査が行われることになっていると思う。
 本作の主人公である環境問題弁護士ロブ・ピロット(マーク・ラファロー)はこの問題に先鞭を付けた人物として記憶に値するだろう。彼に問題の存在を訴えた酪農家の故ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)と、それに真摯に対応したピロットがいなければ、今でもこれらのフッ素化合物はもっと大っぴらに活躍していたかもしれない。

1998年テナントは彼の飼っている牛に多大な変異・異変が起きているとビデオ持参で、彼を指名して法律事務所を訪れる。彼の祖母の知り合いなのだ。その為にしぶしぶ調査を開始した彼はその実情を知って、本来企業を守る側の弁護士ながら俄然本気になり、やがてその源がアメリカでも有数の大企業デュポン社がテフロン加工などに使っているPFOAであることを突き止める。
 デュポン社は彼が本気なのを知って故意に大量の資料を送り付ける。ピロットはこれを丹念に調べてデュポンを追い詰めるが、訴訟に出るには住民の検査が必要となる。町民をお金で釣った結果十分なサンプル数確保に成功するが、科学者たちが化合物の摂取と病気との関連性を明らかにするのに予想外の長い年月を必要とし、その間に彼の待遇は下がる一方。
 しかし、最初は冷ややかだった妻(アン・ハサウェイ)も、彼が病気に倒れてまでも問題に取り組む姿に態度を変える。が、デュポン社は科学者のデータが揃うと約束を反故にする。その結果ピロットは個別に3500件以上の訴訟を起こすしかない。

現在までに相当数の勝訴を勝ち取っているらしいが、まだほんの一部である。彼の姿には頭が下がるし、約束を反故にするデュポン社には腹が立つ。

実に要領良く書かれた脚本であると思う。例えば、PFOAなる物質がアメリカ政府(環境保護庁)が規制する物質に含まれず(現在は対象)正体が判らないので、化学者に説明して貰う段など主人公と観客とが一体化してすんなりお話に入り込めるのである。

トッド・ヘインズ監督としては「キャロル」のような映画芸術的アングルの面白味を打ち出せた作品ではないが、その要領良く練られた脚本を、マーク・ラファローの好演を得て、がっちり映像に移したと言える。

一部の人は温暖化など環境問題をポリ・コレの中に入れるが、環境問題をポリ・コレに入れたがるのは温暖化の原因が人間ではないとしたい人たちがごく少数派として冷たい扱いをされているのを僻んだものだろう。現在の温暖化が全て二酸化炭素・メタンガスに温室効果のせいとは言わないにしても、それを小さくすれば温暖化が緩くなるのは人並の頭があれば理解できましょう。環境問題は、コスト・パフォーマンスの問題に矮小化することは出来ない。

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