映画評「リコリス・ピザ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年アメリカ=カナダ合作映画 監督ポール・トーマス・アンダースン
ネタバレあり

ポール・トーマス・アンダースンは僕にとっていつもピンと来るとは限らない監督だが、高い確率で2塁打を打てる強打者という感じはする。
 本作は1973年を背景にした青春映画で、彼の作品としては比較的とっつきやすい。

登場人物は主人公を含め多く実在の人物をモデルにしたらしく、製作者ジョン・ピーターズなど実名で出て来る人もちらほら。グレース・ケリーと共演したジャック・ホールデンは明らかにウィリアム・ホールデン。二回ほど観たことがある戦争映画「トコリの橋」(1954年)の作品名までもじっている。主人公のゲイリーは、映画製作者ゲイリー・ゴーツマンらしい(但し、ゴーツマンは1952年生まれなので、映画の設定年齢と大分違う)。

15歳の少年俳優ゲイリー(クーパー・ホフマン)は、高校に写真を撮りに来たユダヤ女性アラナ(アラナ・ハイム)に一目惚れして早速ナンパ。年齢差は10歳くらいあるがそんなことは気にしない。しかるに彼女の方は年齢差の意識があるようで、他の男性たちに接近してみる。それでも彼が始めたウォーターベッド商売に協力するが、ビジネス・パートナーとしての立場を常に主張している。
 その関係に行き詰った彼女は市長選に出馬するリベラル派候補者ワックス(ベニー・サフディ)の応援団に加わり、あわよくば彼のスイートハートになろうとするが、同性愛者の彼は彼を見張る男の眼を誤魔化す為に彼女を便利に使用するだけである。
 絶望感を抱える彼女は、ピンボール店も始めた彼の許にかけつける。彼もピンボール店を抜け出て彼女が働く事務所に行ってみるが、勿論不在である。

さて二人の関係はどうなるか、というお話で、心理の、そして実際のすれ違いから恋の収斂へと流れ込む怒涛の終盤は爽快感が抜群。しかるに、そこに至る中盤まではディテイルに傾きすぎて、この監督らしくピンと来ない印象が暫く続くので、終始楽しめるとは言い難い。

ヒロインが僕の審美眼に適わないのも、大衆的な指向にあるかかるタイプにおいては弱く、これは僕だけではないと思う。
 とは言え、実際には映画的な感覚を評価する人が多いようで、【キネマ旬報】では何と批評家選出の第1位となった(同時に、近年では常態化しているが、評者の3分1しか票を入れていないというのは気になる)。

第4次中東戦争によるオイル・ショックを背景の一つにした風俗点出に面白味があり、例によって当時の流行歌が大量にかかるのが楽しめる。採用されたアーティストは大物が多いが、必ずしも有名曲というわけではない。例えば、ポール・マッカートニー&ウィングズの「レット・ミー・ロール・イット」。どちらかと言えば埋もれた名曲だと思う。

画面は固定撮影(厳密には、恐らくハンディカメラによる固定もどき。止まっているところから動く撮影が多い)と得意の横移動撮影の組合せが楽しめ、とりわけ幕切れのゲイリー君が画面左から右へ、アラナ嬢が右から左へ駆けるショットのクロス・カッティングに胸が高まる。日本の青春映画にもありそうな画面構成だが、ぐっと力感がある。その昔「眠狂四郎炎情剣」が幕切れで同じようなこと(走ってはいませんがね)をして痺れたのを思い出す。

ジョン・リンクレイターの縦(移動)に対し、アンダースンの横(移動)というイメージが僕の中にはある。

この記事へのコメント