映画評「リング・ワンダリング」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年日本映画 監督・金子雅和
ネタバレあり

どんな内容か全く解らないで観たが、なかなか面白い幻想譚である。

漫画の新人賞を目指しながら墨田区の建設現場で働く若者・笠松将は、あるニホンオオカミをやっつけようと執念を燃やす明治時代の漁師(長谷川初範)を主人公にしたコミックを執筆中だが、オオカミがうまくかけず頓挫中である。
 ある時工事現場で犬の頭蓋骨のようなものを発見し、持ち帰って参考にする。更に参考になるものはないかと夜の工事現場に出かけ、犬を探す美少女・阿部純子と遭遇、彼が原因で足を負傷したので写真館をする彼女の家に連れ帰るが、家の様子や歓迎する両親の様子がどうもおかしい。犬好きの弟は(疎開で)地方にいて不在と言う。

主人公はなかなか理解しないが、彼は太平洋戦争末期の東京に紛れ込んだのである。

彼はその場で描いた犬の絵を一家に残して、家を去る。
 後日一家が気になって再訪すると、すっかりモダンになった写真館がある。ヒロインの姪が夫に稼業を継がせていたという次第で、疎開でただ一人命を永らえた父・品川徹は彼が書いた犬の絵をずっと持っていたことが判明、さらに彼の持っていた写真帳には草原で撮られた主人公の写真が貼ってある。

勘が冴えている時なら、一家が疎開した弟の話をした時に最初に若者が草原で遭遇したカメラを持った少年に頭が行っただろうに・・・無念。そう言えばカメラや格好が少し古風でした。

内容を分析すると、彼が犬の骨を発見したことで、彼は異空間に導かれたのであろうか。犬を愛する美少女の霊が招いたのかもしれない。結果的にSFのタイムスリップと全く同じだが、もっと夢幻的なものと理解したほうが興味深いものになる。
 少年との遭遇はどういう理屈か判断がつきかねるが、主人公のニホンオオカミへの執着が、犬好きでニホンオオカミにも一家言ありそうな少年を招いたのかもしれない。
 あるいは、彼の熱意が少年だけでなく、犬の頭蓋骨の発見、挙句美少女の出現をも惹起したのかもしれぬ(最初の説とは逆だが、全体の流れを考えると、こちらの説の方が整合性がありそうな感じ)。

映画として面白いのは、多重的な構成で、主人公のマンガの世界が実写として紹介されるところが二か所ある。これが絵的に非常に厳しく素晴らしいもので、執念を燃やし偏屈な主人公が自分の仕掛けた罠で死んだ娘(阿部純子二役)の霊に命を助けられ遂に反省する、というこのコミックそのものもなかなか感慨深い内容を含んでいる。

写真館の娘が彼の絵の為に折った小枝をペンに利用すると、絵が生き生きとしてくる、という(風に僕が理解した)流れも良い。

最後の場面は、再び少年と出会った草原である。カメラが上方にどんどん引いていくと、少年のアルバムの“ニホンオオカミ”と称された一連の写真を見た後“ニホンオオカミなんかいないじゃないか”と呟いて彼が寝ころんだ草原は実は・・・という画面上の落ちも文字通りファンタスティックで洒落ている。

気分は夏目漱石の「夢十夜」・・・なんてね。

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