映画評「エルヴィス」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年アメリカ=オーストラリア合作映画 監督バズ・ラーマン
ネタバレあり
カート・ラッセルがエルヴィス・プレスリーを演じた「ザ・シンガー」(1979年)という映画は面白味に欠けたが、バズ・ラーマンが監督した本作は誠に慌ただしいものの、一定の魅力がある。
プレスリー主演の劇映画が中高時代一年の間に何本も放映されて、尽く観た。兵役から復帰後の「GIブルース」は3回観たろうか。先般「燃える平原児」(1960年)を再鑑賞して歌なしの演技に感心したが、この映画の中でも言及がある。結局、商業的には成功せずにそれまでの能天気な歌謡映画に戻ってしまうのだ。それでも歌謡映画として能天気の中に映画としてそれなりに評価できる作品もあるにはある。
そうした裏でマネージャーとしてプレスリー(オースティン・バトラー)をコントロールしていたトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)の暗躍ぶりが結構ショッキングだ。
僕はオリジナル・アルバムは一枚も持っていないが、シングルを全て集めたボックス(10巻)は持っているので、それなりに知っている。曲を知らないと160分という長さに退屈を感じる人もいるかもしれない。
かく長尺であっても、編年的でありつつ洩れなく出来事を網羅するという作り方ではなく、駆け足的な展開であることは否めない。
トム・パーカーなる正体不明の人物(実はオランダからやって来た密入国者)に利用されるだけ利用されたというプレスリーの悲劇性に焦点を絞る作戦を採った結果ではなく、2時間半くらいでは激しい変遷のあったプレスリーの一代記を描くには短すぎるので、焦点を絞るしかなかったのだと思う。
カーニヴァルを商売にしていた通称パーカー大佐は、保守的なカントリー歌手ハンク・スノウをマネッジしていたが、1955年サン・レコードで白人音楽と黒人音楽を融合したスタイルで元来黒人音楽の “ザッツ・オールライト” を発表したプレスリーに商業的な興味を覚えてマネージャーとなるや、逞しい商魂を発揮してRCAレコードに移籍させて大々的に売り出す。これが「ハートブレイク・ホテル」である。
しかし、既に始まっていたTV時代にあって彼の猥褻とも言える激しい足腰の動きが知れ渡り、アパルトヘイト政策に触れる行動とにより、保守的な白人の反感を買い、色々と屈辱的なごまかしをするも警察が出て来る騒動になる。
これを避けるべきパーカーが考えたのが従軍であり、復帰後の映画への本格進出である。
映画はこの後、プリシラ(オリヴィア・デヨング)とのロマンス・結婚を挟んで一気に1968年に飛ぶ。
確かに刺激的な出来事がなかった期間ではあるが、パーカーを前面に出さない作り方ならこの時代の歌謡映画にも触れるところだろう。他方、音楽的にはサントラ中心になって非常にお粗末であった時代で、ローリング・ストーン・レコードガイドは従軍前の作品群を絶賛するが、この時代のものは出来ればなかったことにしたいくらいの扱いである。
この映画の解釈では、ここからプレスリーが音楽的に本格的に復活する。が、復活とは、大佐にとっては極めて商業的なそれであり、プレスリーにとっては音楽の原点に帰るという立場である為、両者の間に深い溝が生じている。この時からラス・ヴェガスを中心とした固定的なショーの日々に入るわけだ。僕も1973年のハワイからの中継ライブは観ました。
かくして半ば大佐に支配されていたプレスリーは精神的に疲弊し、時間的な制約があってプリシラとの関係も悪化、かくして閉じこもる間に太り、1977年に心臓発作で亡くなる。
経済的な搾取は大佐の純然たる悪徳である一方、母親の死、プリシラや可愛がる娘との疎遠、プレスリー自身の死は間接的であったとしても大佐が惹起した悲劇という感じを抱かせる。
音楽は大量に使われるが、映画は腰と足の動きを強調した見せ方をして保守との対立を見せることに注力している為に余り音楽史的な扱いがされない。
あるいはプレスリーと大佐との葛藤が重視されている為に、音楽系の映画として不満を生じる一方、画面はラーマンらしく華麗である。賑やかな画面は、しかし、悲劇をテーマにしたと思われる映画にはふさわしくないかもしれない。
若い時の声を自前で担ったオースティン・バトラーの歌唱は立派なものだが、濃いメイクに違和感あり。グラム・ロッカーではあるまいに。
最近は大物歌手の伝記映画が続々じゃね。年末にはホイットニー・ヒューストンの伝記映画がWOWOWで見られるかな。
2022年アメリカ=オーストラリア合作映画 監督バズ・ラーマン
ネタバレあり
カート・ラッセルがエルヴィス・プレスリーを演じた「ザ・シンガー」(1979年)という映画は面白味に欠けたが、バズ・ラーマンが監督した本作は誠に慌ただしいものの、一定の魅力がある。
プレスリー主演の劇映画が中高時代一年の間に何本も放映されて、尽く観た。兵役から復帰後の「GIブルース」は3回観たろうか。先般「燃える平原児」(1960年)を再鑑賞して歌なしの演技に感心したが、この映画の中でも言及がある。結局、商業的には成功せずにそれまでの能天気な歌謡映画に戻ってしまうのだ。それでも歌謡映画として能天気の中に映画としてそれなりに評価できる作品もあるにはある。
そうした裏でマネージャーとしてプレスリー(オースティン・バトラー)をコントロールしていたトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)の暗躍ぶりが結構ショッキングだ。
僕はオリジナル・アルバムは一枚も持っていないが、シングルを全て集めたボックス(10巻)は持っているので、それなりに知っている。曲を知らないと160分という長さに退屈を感じる人もいるかもしれない。
かく長尺であっても、編年的でありつつ洩れなく出来事を網羅するという作り方ではなく、駆け足的な展開であることは否めない。
トム・パーカーなる正体不明の人物(実はオランダからやって来た密入国者)に利用されるだけ利用されたというプレスリーの悲劇性に焦点を絞る作戦を採った結果ではなく、2時間半くらいでは激しい変遷のあったプレスリーの一代記を描くには短すぎるので、焦点を絞るしかなかったのだと思う。
カーニヴァルを商売にしていた通称パーカー大佐は、保守的なカントリー歌手ハンク・スノウをマネッジしていたが、1955年サン・レコードで白人音楽と黒人音楽を融合したスタイルで元来黒人音楽の “ザッツ・オールライト” を発表したプレスリーに商業的な興味を覚えてマネージャーとなるや、逞しい商魂を発揮してRCAレコードに移籍させて大々的に売り出す。これが「ハートブレイク・ホテル」である。
しかし、既に始まっていたTV時代にあって彼の猥褻とも言える激しい足腰の動きが知れ渡り、アパルトヘイト政策に触れる行動とにより、保守的な白人の反感を買い、色々と屈辱的なごまかしをするも警察が出て来る騒動になる。
これを避けるべきパーカーが考えたのが従軍であり、復帰後の映画への本格進出である。
映画はこの後、プリシラ(オリヴィア・デヨング)とのロマンス・結婚を挟んで一気に1968年に飛ぶ。
確かに刺激的な出来事がなかった期間ではあるが、パーカーを前面に出さない作り方ならこの時代の歌謡映画にも触れるところだろう。他方、音楽的にはサントラ中心になって非常にお粗末であった時代で、ローリング・ストーン・レコードガイドは従軍前の作品群を絶賛するが、この時代のものは出来ればなかったことにしたいくらいの扱いである。
この映画の解釈では、ここからプレスリーが音楽的に本格的に復活する。が、復活とは、大佐にとっては極めて商業的なそれであり、プレスリーにとっては音楽の原点に帰るという立場である為、両者の間に深い溝が生じている。この時からラス・ヴェガスを中心とした固定的なショーの日々に入るわけだ。僕も1973年のハワイからの中継ライブは観ました。
かくして半ば大佐に支配されていたプレスリーは精神的に疲弊し、時間的な制約があってプリシラとの関係も悪化、かくして閉じこもる間に太り、1977年に心臓発作で亡くなる。
経済的な搾取は大佐の純然たる悪徳である一方、母親の死、プリシラや可愛がる娘との疎遠、プレスリー自身の死は間接的であったとしても大佐が惹起した悲劇という感じを抱かせる。
音楽は大量に使われるが、映画は腰と足の動きを強調した見せ方をして保守との対立を見せることに注力している為に余り音楽史的な扱いがされない。
あるいはプレスリーと大佐との葛藤が重視されている為に、音楽系の映画として不満を生じる一方、画面はラーマンらしく華麗である。賑やかな画面は、しかし、悲劇をテーマにしたと思われる映画にはふさわしくないかもしれない。
若い時の声を自前で担ったオースティン・バトラーの歌唱は立派なものだが、濃いメイクに違和感あり。グラム・ロッカーではあるまいに。
最近は大物歌手の伝記映画が続々じゃね。年末にはホイットニー・ヒューストンの伝記映画がWOWOWで見られるかな。
この記事へのコメント
仕方ないけどでもやっぱり小物感が漂う…
エルヴィスは最初、兄が買ってくる映画のパンフレットの中の歌う人という認識でした。
その後凄い人だとわかった時点ではもうスターニシキノの様な衣装を纏った小太りのおじさんになっておられて… その頃の私はブルースの方に行ってたので、ビッグママソーントン繋がりで「ハウンドドッグ」を歌った人として興味を持ち昔の音源を聴くようになりました。ライブは68年の復活コンサートって言うんですか? あれが1番好きですね。
sit down concert どういうお約束なのか知りませんが座っていられなくて思わずエルヴィスの腰が浮いてしまう… そう、ロックの真髄は「腰が浮く」です ^_^。
>エルヴィスは最初、兄が買ってくる映画のパンフレットの中の歌う人という認識
兵役からの復帰後1968年までは、軟弱映画ばかりに出ていてまともなレコードを作っていなかったので、モカさんくらいの世代の人の中にはそう思う人も多かったでしょうね。
僕はビートルズを聴くうちにロック史に触れて、ビートルズにも多大な影響を与えたと聞くに及び、その偉大さは理解していたつもりです。
ですからFMで流れて来ると録音などしておりましたよ。
兄貴が僕らのビートルズ好きに影響されて対抗してプレスリーのベスト盤を買って来たので、僕もビートルズの合間に聴いていました。「ハートブレイク・ホテル」「ハウンド・ドッグ」など初期の頃は音が悪くてね。1960年の曲から急によくなったね、と兄貴とよく話したものです。
>スターニシキノの様な衣装
本郷直樹という歌手もそんな恰好をしていました。
曲は全く憶えていませんが(一曲だけ知っている筈)。
>ビッグママソーントン
差別も露骨な時代にこういう女性がいたのは、モカさんを通じて初めて知りました。ロックンロールの男性歌手に比べて知られていなすぎます。
>ライブは68年の復活コンサートって言うんですか? あれが1番好きですね。
映画でも取り上げられ、パーカー大佐の思惑通りに全く進まなかったやつですね。これならYouTubeでも観られ(聴け)ますね。
格好も初期のような感じで、全体的にシャープ。
>ロックの真髄は「腰が浮く」です ^_^。
ロックは“揺れ”ますから、腰も浮くデス(意味不明)。
RCAは倒産寸前のサンレコードからかなりな安値でプレスリーのレコード権を買ったらしく大儲けしたそうですね。
そう言え60年代の日本ではフルネームか単にプレスリーと呼ばれていましたね。
”エルヴィス“ なんて馴れ馴れしくファーストネームで呼んでいたのは湯川れいこ女史くらいじゃなかったですか?
ビッグママソーントンは今で言う性同一障害だったみたいですね。youtube のお陰で少ししかありませんが動画を色々見ることができてありがたい事です。
オカピー先生は抜かりなくリサーチ済みでご存じだと思いますが念のため(笑)
ジャニスの Ball&Chain はビッグママのオリジナル曲です。
>初期の録音をしたサンレコードのスタジオは機材が古かったんでしょう。
「ハートブレイク・ホテル」「ハウンド・ドッグ」「監獄ロック」などは、RCA移籍後の録音の筈ですが、特に我が家が買った2枚組ベスト(でそれらが入っている1枚目のA面)は音が凄まじく悪いんですよ。CDで聞けば大分マシですが、それでも同時代のジャズなどと比較すると、問題にならないレベル。
エレキ楽器は録音が難しかったという理由もなくはないと思いますが。
>ビッグママソーントンは今で言う性同一障害だったみたいですね。
調べておりませんよ(笑)
同性愛者は少なからず性同一性障害が思うのですが、その場合本人たちは異性愛と思っている可能性がありますね。
>youtube のお陰で少ししかありませんが動画を色々見ることができてありがたい事です。
これは確かに。
>ジャニスの Ball&Chain はビッグママのオリジナル曲です。
そうみたいですね。
YouTubeでビッグ・ママ・ソーントンを検索したら出て来ました。
後世への影響力は知名度より遥かに大きいと思われます。
☆昔の国産レコードの音質問題
以前レコードマニアに方から聞いた話の受け売りですが、60年代から70年代頃の日本のレコードプレスの質は技術云々以前の問題としてエンジニアがロックの生音を聴いたことがないという悲しくも致命的な事情が多々あったようです。
同じレコードでもアメリカ盤は比較的カラッとした音で迫力もあってそれに較べると英国盤は暗くて重いとか…どちらを取るかは好みの問題らしいですが当時の日本盤は総じて音がショボいのが多かったようです。
プレスする度に原盤は劣化していくのでプレスリーなんてかなり劣化ていたんでしょうね。
今また世界的にレコードが復活してきたようです!
うちの年代物の真空管アンプが断末魔のうめきのように突如ブーブー鳴り出すのでこまっています。修理に出すと何故かシャンとするという介護認定される老人みたいになっております。買い替えたいとも思うのですがこっちの寿命も定かではないとか言われて…どうしたもんですかね (>_<)
>エンジニアがロックの生音を聴いたことがないという悲しくも致命的な事情
それがいつまでだったかは解りませんが、ある時期までは十分にあり得る話ですね。
>当時の日本盤は総じて音がショボいのが多かったようです。
それは確かに。
前にも話したような気がしますが、我が家が持っていたポール・モーリア・ベスト日本盤と、隣人が持っていたフランス輸入盤とを聴き比べたら、お話にならないくらい違っていました。
1970年代半ばくらいでしょうが、この時代でもまだそれほど良くなかった。カッティング・マシーンのせいとも言われていましたが。
>原盤は劣化していくのでプレスリーなんてかなり劣化ていたんでしょうね。
日本独自のベスト盤は、恐らく原盤(マスター)の複製盤からのコピーである可能性も高いわけで、そうなると益々悪い。
>修理に出すと何故かシャンとするという介護認定される老人みたいになっております。
喩えが面白い!
>買い替えたいとも思うのですがこっちの寿命も定かではないとか言われて…どうしたもんですかね (>_<)
現在コンポの具合は悪くないですが、たまに新鮮な音を聞きたくもなり、そうなると一番手っ取り早いのはスピーカーを買うことですが、安いものではそうそう満足できそうもないですし。
そんなこんなで、僕も似たようなことを考えています。
寿命もあるし、亡母が晩年難聴になったことを考えると、僕もそうならないとは限らない。既に昔ほど高音は聞こえていないだろうけど。