映画評「燃えよ剣」

☆☆★(5点/10点満点中)
2021年日本映画 監督・原田眞人
ネタバレあり

時代劇で人気を二分する戦国末期(から安土桃山時代)を「関ヶ原」で扱った原田眞人監督が、今度はもう一方の維新ものを作った。今度も原作は司馬遼太郎。

最近の邦画は台詞が聞き取れないことが多くて、そうでなくても日本史の詳細に疎い僕は難儀するのだが、「関ケ原」と違って、今回はレコーダーの字幕をONにして観た為多少理解が増した筈である。特に話し手の名前が随時出るので、誰が言っているかすぐに解るのは助かる。
 それでも人物関係が戦国時代以上にややこしいだけに、真面目に把握しようとすれば、僕に限らず、余程この時代に通暁していないと難儀すると思われる。

武蔵国の豪農子息の土方歳三(岡田准一)は、天然理心流の道場・試衛館の仲間たる近藤勇(鈴木亮平)らと共に、幕府による護衛組織 “浪士組” 徴募に応じて京都に上るが、浪士組を幕府から離脱させようとする動きがある為に脱退して、会津藩絡みで警察組織 “新選組” を結成、近藤を局長、自らを副長の一人として、とりわけ尊王攘夷派の長州藩の動きを監視することに注力を注ぐ。
 これによって起ったのが寺田屋事件であり、怒った長州藩が返り討ちに遭う蛤御門の変に繋がって行く。
 15代将軍になった徳川慶喜(山田裕貴)は、佐幕派の薩摩が息を吹き返した長州と同盟を結ぶや、恐れをなしてあっさり大政奉還をする。映画はこの後はぐっとスピードアップし、土方が近藤亡き後北上して函館で蝦夷共和国を作った以降の話となる。

ここまで土方本人が程なく帰仏するフランス軍人のブリュネに語るという回想形式により、また、その後の彼の最期は、内妻となった女流絵師お雪(柴咲コウ)によって語られる、というちょっとした二部構成。お雪は「関ヶ原」の初芽同様に司馬が創作した人物で、荒々しい江戸末期明治初期の話に彩りと柔らかいニュアンスを与える為に登場する。

孝明天皇が攘夷を宣言した為に尊皇派は自ずと攘夷派となり常に尊王攘夷派と言われるが、佐幕派はそう単純ではない。新選組全体が攘夷に傾く大勢にあって土方は攘夷は国の為にならないと思っていたようで、その意味で坂本龍馬らを評価していたらしい。

実質的に本作は土方の一代記であり、作者たちとりわけ原作者の司馬は、彼を闘いの為に闘う人物と見なしているようである。
 一見貶しているように見えるが、Wikipediaによれば、芸術家が芸術に勤しむのと同じという解釈らしい。その言に則れば、映画版の速い展開もあながち理由のないものでもないと思われる。

原田監督はカメラを結構動かす人であると同時にカットを短く切る傾向もあるという変わった作風で、所謂若者向けの時代的に比べれば役者の動かし方など堂々たるものだが、話の展開ぶりは甚だ落ち着かない。僕は置いてきぼりを食らった感を禁じ得ないので、☆★は抑えめにする。

本作の慶喜は先日の「峠 最後のサムライ」と違って誠に小心者にしか見えず、殆どコメディー的な扱い。大政奉還に彼の信念が大いに感じられた「峠」に対して、この作品では保身以外の何物も感じられない。慶喜ファンはこれにはがっかりだろう。

長いこと見て来たクイズ番組「Qさま!!」が年に数回、 日本の武将や偉人を材料にクイズを構成するが、これに関して僕は到底解答者の諸氏に適わない。世界史なら負けないかもしれないが。絶対的に自信があるのは文学史。これなら東大王の諸君にも勝てる。

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