映画評「林檎とポラロイド」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2020年ギリシャ映画 監督クリストフ・ニク
ネタバレあり

昨日の「PLAN 75」に続いてまた緩いディストピア映画。こちらもSF的ではなく、極めてヒューマンな内容である。

記憶を失う奇病が流行る時代(未来ではなく1980年代らしい、つまりパラレル・ワールド)。その病気に罹患したらしい40代と思しき男性アリス・セルヴェタリスが、あるグループの行う記憶回復プログラムに参加する。カセットテープに吹き込まれた指示を履行してそれをポラロイドに収めることを繰り返すことで、ある程度記憶(というより記憶力か?)を取り戻させようという内容だ。
 ある時、指令に従ってホラー映画を観た帰りに同じプログラムを受ける女性ソフィア・ゲオルゴヴァシリと知り合い、仲良くなる。彼女が指令をこなすのに付き合ううちにトイレに招かれて事に及んだ結果恋心を抱くが、その後に自分に届いた指令が同じ内容であった為に彼女が自分を利用しただけと気づいて悄然とする。
 しかし、老人を見守る指令を遂行した結果記憶を取り戻したのだろうか、亡き妻のものと思われる墓を訪れ、かつての自宅(と思しき建物)に入って行く。

説明が極めて少ないので色々と解釈ができるわけだが、いずれにしても、妻の死によって記憶を失ったか記憶を失ったふりをした男性が、プログラムをこなすうちに(結果とは限らない)、妻の死を思い出したか若しくはその死と向き合うことが出来るようになる、と理解できる幕切れがちょっとしたハッピーエンドであることは間違いないところだろう。

20世紀後半が舞台となっているのは、70年代までならギリシャ軍事独裁政権時代であるし、80年代であれば東西冷戦末期で、国や人によっては思い出したくもない(憶えていたくない)時代であるわけで、そうした意図が記憶を失う病気に秘められているのかもしれない、などと憶測もしたくなるが、何とも言えない。

監督はこれを長編デビュー作とするクリストフ・ニク。少しとぼけたところのあるタッチは、先輩格のヨルゴス・ランティモスに通底するものがあり、実際彼の助監督をした由だが、彼ほど不条理感はない。欧州映画がお好きなら観ておいても良いと思う。

主人公たちが見る映画は「悪魔のいけにえ」。

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