映画評「宮松と山下」

☆☆★(5点/10点満点中)
2022年日本映画 監督・関友太郎、佐藤雅彦 平瀬謙太朗
ネタバレあり

映像監督集団【五月】の初長編映画とのこと。【五月】のメンバーは上記三人。

いきなり瓦の描写から始まる。「女系家族」(1963年)の宮川一夫のカメラを思い出した。なかなか素敵だ。
 で、その下では斬り合いが行われている。時代劇の撮影である。主人公のエキストラ俳優・宮松(香川照之)は一度死んだ後また別人として斬殺される。かくエキストラとして多々作品に出演する一方、ケーブルカーの管理もする。ご推察の通りエキストラでは食えないからだ。
 そんなある日、12年前まで働いていたタクシー会社の元同僚・谷(尾美としのり)が彼の前に現れ、タクシー会社での喧嘩により記憶を失っていた宮松こと本名・山下を、やがて妹(中越典子)とその夫(津田寛治)の住む実家へ連れて行く。
 ここで過ごすうちに徐々に記憶を取り戻した山下は、しかし、それ故にまた元のエキストラ俳優・宮松に戻っていく。

人生劇としては、主人公が、エキストラ俳優という立場が象徴する受動的な生活を選ぶというお話である。

その背景として小出しにされるのが、主人公が何故記憶を失ったかというミステリー的要素で、優しそうな義弟がタクシー会社時代に現在の妻を巡って争いになって彼を殴り倒し、その際の負傷により記憶を失ったらしいということが判って来る。しかし、医者の看護婦に対する説明によると、頭の負傷ではなく、どうも精神的な理由(逃避)が関わっているのではないか・・・。
 彼がかく逃避したくなった理由は、あるいは義弟が義兄に掛けた、父親の違う妹を女性として見ているのではないかと疑惑に関連するのかもしれない。彼の疑惑が正しければ、記憶を取り戻した彼は家に居続けることはしにくい。これが彼が名もない人を演じ続ける道を選んだ理由ではないか? 

以上のように、人生劇と記憶喪失の謎が密接に関係しあって展開する、余白の多い作品である。

その一環であろうか、撮影模様と現実とを区別しにくい手法で見せる(何回もやるうちに大体解るが)辺りは面白いし、寡黙な展開ぶりなど嫌いなタイプの作品ではないが、僕の眼には少しピントが合い切っていない感じで物足りない。

映画の出来栄えには関係ないところで、バッティング・センターでの俳優の打ち方に感心した。元球児という設定の香川と素人の津田で打ち方が全然違う。香川の打ち方は確かにちゃんとやっていた人の打ち方をしているし、津田は腕の位置が低くいかにも素人だ。

この映画を観る直前に、不本意にもクラスメートになってしまった異父兄妹の一種の和解(あるいは接近)をテーマにした恩田陸の小説「夜のピクニック」を読み終えた。面白い偶然!

この記事へのコメント

モカ
2023年09月06日 14:24
こんにちは。

>いきなり瓦の描写から始まる。「女系家族」(1963年)の宮川一夫のカメラを
 思い出した。

 「宮川一夫と屋根瓦のある風景」
こんなタイトルの本があってもおかしくないくらい美しい屋根のシーンを撮っておられますね。瓦屋根フェチ? 
残念ながら「女系家族」は内容のあまりのえげつなさに圧倒されて屋根瓦のシーンの記憶はないのですが同じ山崎豊子原作の「ぼんち」で軒先の瓦屋根の下を若尾文子の日傘が通り過ぎる綺麗なシーンはおぼえています。
他には「無法松の一生」とか祇園物とか… 日本家屋への思い入れが強い方なのでしょうね。
東山魁夷が川端康成の言葉に触発されて描いた「京洛四季」のひとつ「年暮る」の正にあの景色の辺り(河原町御池)で生まれ育たれたと知ると納得です。

40年くらい前の市川崑と組んで話題になったトリス?サントリー?のCM(子犬目線のやつ)ではお寺の大屋根を石段の下から撮っていてあれも素晴らしかったです。
撮影地は京都らしいのですがどこのお寺なのか全然わかりませんです。
オカピー
2023年09月06日 18:56
モカさん、こんにちは。

>「女系家族」は内容のあまりのえげつなさに圧倒されて屋根瓦のシーンの記憶はないのです

ややっ。
異常な小心者の僕は、モカさんにこう言われると自信がなくなり調べて見たら、画像付きで「女系家族」の屋根瓦に触れている人がいて間違いないと解って、安心しました^^

>「ぼんち」で軒先の瓦屋根の下を若尾文子の日傘が通り過ぎる綺麗なシーンはおぼえています。

他にもそう仰る人を発見しました!

>東山魁夷が川端康成の言葉に触発されて描いた「京洛四季」

東山魁夷は、なかなか素晴らしい文章家でもあったようで、高校時代に随筆を読んだ記憶があります。
「京洛四季」は画集でしょうか?

>トリス?サントリー?のCM(子犬目線のやつ)ではお寺の大屋根を石段の下から撮っていてあれも素晴らしかったです。

トリスみたいです。
映像があったので観てみました。懐かしいですね。
昔のCMは品がありました。
モカ
2023年09月06日 23:37
こんにちは。

「女系家族」当然瓦屋根の映像はあったと思いますよ。一度観たきりなので憶えておりませんのです。
「ぼんち」は大好きなのでダビングしてあって何度か観ていますから良く憶えているのです。雷様好きです。

高校生で東山魁夷の随筆を読むなんて随分渋い男の子だったんですね。
「京洛四季」詳しい事はしりませんが文字通り京都の四季折々を描いた10数枚の連作だと思います。画集も出ているかもしれません。その中でも「年暮る」は有名なのかよく目にしますね。
オカピー
2023年09月07日 17:42
モカさん、こんにちは。

「女系家族」の三隈研次と「ぼんち」の市川崑は、画面に対する感性が似ている気がします。崑ちゃんは三隅監督ほどには構図に拘る感じがありませんが、それでも画面はシャープです。
こういう監督と宮川一夫は相性が良いデス。

>「年暮る」

見ました。
うーむ、良いですね。

京都、行きてえ(笑)
でも、外人ばっか(昨日見た「東大王」のクイズによれば、日本人観光客が行く都道府県ベスト10に入っていない、とのこと)。
思うに、コロナ最盛期がチャンスだったんだなあ。
モカ
2023年09月08日 10:39
こんにちは。

「女系家族」図書館にあったので予約を入れましたよ。
あえて日本に限って言っても映画を志す人にとって宮川一夫は必修科目ですものね。
感銘を受ければいつか自分で映画が撮れるようになれば真似してみたくなるのは当然ですよね。芸術は模倣から始まる!?

今、日本に限らず世界中の観光地がオーバーツーリズムって言うんですか?飽和状態のようですね。
オカピー
2023年09月08日 20:40
モカさん、こんにちは。

>芸術は模倣から始まる!?

これは真理ですね。
模倣があるから、音楽でもジャンルが形成される。
そんな真理に気付かずに、何でもパクリと非難する輩がいますから困ります。

>日本に限らず世界中の観光地がオーバーツーリズムって言うんですか?飽和状態のようですね。

金と時間が余っている人が結構いるんですなあ(笑)

しかし、日本は観光立国を抑えめにして、食料自給率を今の倍くらいにしないと、何かあった時に大変なことになりますよ。他の国は知らんけど。
局所的核戦争が起こるだけで、日本では4000万人が餓死するとか。