映画評「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2021年ハンガリー=ドイツ=フランス=イタリア合作映画 監督イルディコー・エニェディ
ネタバレあり

心と体と」のイルディコー・エニェディは映像言語をよく知る監督というイメージで、そこに関して本作も誠に充実している。

変則的な夫婦愛の物語。

船長ヤコブ(ハイス・ナバー)は船の料理長の話から妻を持つことを決意、カフェに入って来た最初の女性と結婚すると宣言、実際に入って来た美人リジー(レア・セドゥ)と結婚するという夫婦関係の始まりが面白い。変り者の夫婦です。
 船旅から帰って来たヤコブはリジーの妻ぶりに満足するが、彼女の前に気取った三文文士デダン(ルイ・ガレル)と現れ、その緊張した精神的三角関係のうちに彼もグレーテ(ルナ・ヴェドラー)という少女によろめき、安堵と不安の間に彷徨しつつ、遂に妻を同行する船長の仕事を得た瞬間に、リジーは証券を持ち逃げして姿を消す。
 かくしてヤコブはリジーと縁を切るが、7年後バスの窓からリジーを見る。しかし、知人の話では6年前に彼女は死んだと言う。

彼への思いの為にリジーが姿を現したのか、あるいは彼のリジーへの思いが彼女を呼び寄せたのか。一気に切なくなる幕切れである。

夫婦それぞれの揺れる思い(夫のそれが遥かに大きいと思うが)を描く為だけに169分という長さが絶対的に必要であったかどうか些か疑問を覚えるが、精神的な駆け引きを内に秘した官能性を描くにはこれくらいの長さがあっても良いような気もする。確定的な答えは出ない。

画面が良い。真上(俯瞰)から捉える船のすれ違いや、歩く船長を捉える移動撮影などワクワクさせられる。

かつて何かをやらかしそうな雰囲気を漂わせるペーター・ローレという男優がいたが、レア・セドゥもいつか何かをやらかしそうな雰囲気がある。やはりこの手の不安要素を内包する映画には彼女のようなタイプの女優が必要。つまり適役だったということです。

ローレは、 アル・スチュワートが「イヤー・オブ・ザ・キャット」で “悪事を企んでいるピーター・ローレのように” と歌った。 歌に歌われたら俳優も大したものだ。マリリン・モンローが世界的に多いだろう。アラン・ドロンは1970年代にわが国で何と3曲に歌われた。「赤いハイヒール」「アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた」。あと1曲は比較的最近聞いてちょっとビックリした。NSP(ニュー・サディスティック・ピンク)のフォークかその辺りと思うが、忘れました。

この記事へのコメント

モカ
2023年09月08日 11:03
こんにちは。

> 画面が良い。真上(俯瞰)から捉える船のすれ違いや、歩く船長を捉える移動撮影などワクワクさせられる。

これはひょっとしてジャン・ヴィゴの「アタラント号」の映像にインスパイアされた物かもしれないと思い、早速昨夜鑑賞いたしました。
 結果は… やっぱりそうでした。ご丁寧に水中に飛び込むシーンまであって🤭
こちらの女は陸女で船なんかには乗らないのであの有名な船首の場面はなかったですが…「ポンヌフの恋人」「タイタニック」の次にやるのはちょっと覚悟がいるというか余程の必然性がないと逆効果ですものね。

肝心の内容は…長くならないように頭の中でまとまったらいずれまた…
そこまでする程の内容でもないような気もしますけど…
オカピー
2023年09月08日 20:53
モカさん、こんにちは。

>「アタラント号」の映像にインスパイアされた物かもしれないと思い、

僕は数をこなすうちにどんどん忘れる癖がついていますので、後世に影響を残した映画とは言え、「アタラント号」は出て来なかったなあ。
それとTVで観ただけの作品は忘れやすいですね。オーディオ評論家の故長岡鉄男が、感動は画面の大きさの平方根に比例する(平方根というのは僕の創作ですが)と仰いましたのは正しいと思います。

モカさんは僕とは違う意味で、完全主義と違いますか?

>そこまでする程の内容でもないような気もしますけど…

僕も画面に比べたらお話はどうでも良い感じではありましたが、文学的趣味ではありますかね。
モカさんの名分析に期待します^^
モカ
2023年09月09日 17:07
こんにちは。

名分析だなんてハードルを上げられると尻込みしてしまいますが、私はどう読んだかと言いますとこの話はヤコブの1人語りなので簡単に言えば「藪の中」物件なのであります。
プロローグで海中の鯨が泳ぐ映像にのせて「海で生きる俺の人生を語ろう」みたいなモノローグが入ります。その後港に上がって街中を歩く彼の姿にのせてやっとタイトル「ストーリー オブ マイ ワイフ 船乗りヤコブと7つの教訓」が出てきます。だからここからのストーリーは全部ヤコブが語った彼目線のワイフとの物語なのです。

最近よくyoutubeにアップされている人生相談を聞いていますが、何が面白いって、人はほぼ自分の主観でしか話をしないと言う事です。
故意にではないのかもしれませんが都合の悪いことは伏せる、邪推で喋る、自虐に走ったり自己顕示に走ったり… そんな一方的な相談者の話を手慣れた回答者、弁護士や精神科医はいろんな方向から質問して相談されている状況の客観的な状態を探って回答していきます。(回答者によっては頓珍漢な回答で相談者を勝手にねじ伏せてしまう事もありますが。)

ヤコブの話を下世話でベタなテレフォン人生相談的お話に変換したら
「男 60歳 現在独身 7年前にある港町のスナックで出会った若い女と意気投合してすぐに結婚。そらもう美人でわしも一眼惚れやったが向こうも好いてくれてたはずや。しか〜し、こっちは航海に出たら何ヶ月も留守にするわな。信じてはいたけど気になる男の影もチラッとあったので探偵に調べさした事もあったんです。証拠は出んけど浮気疑惑はあったな。それより何より金遣いが荒い奴でした。今思うと金目当てやったような気もしますわ。問い詰めて大喧嘩になったこともあるけど泣かれたら惚れた弱みでつい許してしもて、結局有り金全部持って若い男と逃げよりました。」 はい、もうこの辺でやめときますね。 
オカピー
2023年09月09日 20:50
モカさん、こんにちは。

>彼目線のワイフとの物語なのです。

なるほど。
僕にはその観点がやや欠けていました。最近お疲れ気味で(実は年齢のせいもあり)、オカピーの灰色の脳細胞は余り働いていなかったようです。

>ヤコブの話を下世話でベタなテレフォン人生相談的お話に変換したら

おもろいです。
最後に見たリジーは、彼の願望が為せる業と考えたほうがよさそうですね。