映画評「犬王」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2021年日本映画 監督・湯浅政明
ネタバレあり

今迄見て来た湯浅政明監督のアニメ映画は、程度の差こそあれ、いずれの画面にもサイケデリックな華美と怒涛の勢いがある。本作は、わが半世紀以上の映画鑑賞歴で初めて観るロック・オペラ・アニメである。

時代は南北朝末期で、室町幕府第三代将軍足利義満は南北朝を統一したいという野心を抱いている。その為に壇ノ浦に沈んだ三種の神器の一つ天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を漁師の親子が引き上げることになる。しかし、剣の呪いにより父親は体を裂かれて死に、少年の息子・友魚(ともな=声:森山未來)は盲(めしい)になる。
 亡霊となった父の思いを受けて原因を作った幕府の男たちに復讐すべく京に出た友魚は琵琶法師の弟子となり、友一と改名した頃、猿楽一座 “比叡座” の異形の息子・犬王(声:アヴちゃん)と知り合い、目が見えないことが幸いして、二人は才能を認め合う親友になる。
 その頃平家の新しい話を求める琵琶法師が次々殺される事件があり、それに比例して “比叡座” が隆盛したという経緯がある中、犬王と友一再び改名して友有とのコラボが評判を呼び、義満の正室・業子(なりこ)の希望により、彼らは義満の北山御殿で演技を披露することになる。野心満々の比叡座の座長(犬王の父)の悪計がこれに絡んでい、平家の霊を随行させている彼らは、演技を進めるうちに、犬王誕生の謎を教えられる。
 同時に、父親は行き過ぎた野心の為に身を亡ぼす。しかるに、二人の栄光もここまで。義満は南北朝統一に悪影響があるとして、幕府が定めた定本以外は演じてはならないことになり、犬王は妥協、自らの曲に拘る友有は処刑される。そして、現在まで恨みを懐いて友有は地縛霊として彷徨っているのである。

犬王は実在した猿楽師だが、本編でも説明されるように、作品は残っていない。現在のスーパー歌舞伎ではあるまい、あのような華美なパフォーマンスがあったわけでないことは言わずもがな。能の前段階である猿楽も現在の能と大差のないもので、本作のパフォーマンスはロック・オペラ・アニメのナンバーとしての表現と言うべし。
 (言う必要のないことであるが)敢えて作者に寄せて解釈すれば、犬王の作品が残っていないことを逆手に取ることで、作者たちは現在のスーパー歌舞伎のような派手なパフォーマンスを遠慮なく見せることができた、という感じがする。それらのパフォーマンスを見せる箇所では、湯浅監督らしく、サイケで怒涛と言って良いものがある。

この監督の映画は画面が一番に来るとは言うものの、お話にも注目すべき点がある。
 中でも、父親の野心の代償にその一つの成功と共に犬王の身体が異常になり、彼が平家の霊を介して新しい話を作り出すに応じて正常に戻っていくというプロットが、伝奇的な面白味を大いに醸成する。

個人的には、能や猿楽という伝統芸能を素材にロック・オペラ化というアイデアに尽きる。猿楽の演者を、現在のスター・ミュージシャンのように見せるという発想が面白いではないか。友一はジミ・ヘンドリックスみたいだと思った直後にジミ・ヘンよろしく本当に琵琶を背中に回して弾いた。実に面白い。

保守的な人の中に、伝統芸能を素材にロック的に表現したことに反発する人がいるが、そこまで難しく考えると、史劇・時代劇のミュージカル化など到底不可能になってしまう。それはつまらんです。

この記事へのコメント

モカ
2023年09月24日 19:22
こんにちは。

>ジミ・ヘンよろしく本当に琵琶を背中に回して弾いた。実に面白い。

 1週間ほど前にジミヘンの命日だった事を思い出してしみじみしていた所なのでちょっと気になってさっき観てみました。

 あの琵琶はエレキ琵琶ですか!? 結構爆音でしたね。
 昔、四人囃子というロックバンドがありましたが,そんなシーンもありましたね。

 エレキといえばエレキギターを最初に弾いたのはTヴォーンウォーカーだと言われていますが、ジャズギターで最初に弾いたチャーリークリスチャンとは幼馴染だったとか。
Tヴォーンは元祖エレキギタリストで元祖股割り背中弾きギタリストということになっていますが、南部を巡回するミンストレルズショーなんかではみんな競い合って曲芸弾きしてたんじゃないかな? こんな風に芸事が伝承されていくのは嬉しい限りです。

昔、夫のギター友で「俺な、歯槽膿漏で四十肩やしジミヘンは弾けへんねん」と言うオッサンがおりました ^_^
オカピー
2023年09月24日 22:04
モカさん、こんにちは。

>ちょっと気になってさっき観てみました。

責任感じます^^;

>あの琵琶はエレキ琵琶ですか!? 結構爆音でしたね。

しまった、TVの音声で観てしまった!(笑)

>四人囃子というロックバンド

日本のプログレ・ロックですね。
同時代的には、僕は、コスモス・ファクトリーのほうが馴染深かかったんですが。

>こんな風に芸事が伝承されていくのは嬉しい限りです。

日本にもいますかね?
モカ
2023年09月25日 16:55
こんにちは。

>日本にもいますかね?
  私はその辺は疎いので逆に先生にお聞きしたいです。
オカピー
2023年09月25日 21:21
モカさん、こんにちは。

>私はその辺は疎いので逆に先生にお聞きしたいです。

恐縮です<(_ _)>

当方も、デブ専ならぬ聴く専(こんな言葉あるかな?)に近い感じで、日本のミュージック・ビデオとかクリップを観ることは非常に限られているのでねえ。
モカ
2023年09月26日 09:55
こんにちは。

>伝統芸能を素材にロック的に表現したことに反発する人がいる

困った人がまだまだいるのですね… 勝手に鎖国させておきましょう。

ちょっと見当をつけて“背中弾き”を調べてみたら、予想通り元ジャニーズの野村のヨッちゃんがやってたみたいです。歯と肩が丈夫なら結構ギター小僧はチャレンジするらしいです。
オカピー
2023年09月26日 20:11
モカさん、こんにちは。

>勝手に鎖国させておきましょう。

あははは^^v

>予想通り元ジャニーズの野村のヨッちゃんがやってたみたいです。

やりかねない気がしますね^^
普通にやってもまともに弾けない僕には想像もつかないのですが、背中に回してどの程度弾けるのかなあ?