映画評「ある男」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年日本映画 監督・石川慶
ネタバレあり

群馬県が出て来るので横山秀夫が原作かと思っていたら、エンディング・クレジットに平野啓一郎と出た。

宮崎県。他所から宮崎にやって来て林業に携わることになった谷口大祐(窪田正孝)が、役所勤めをする文房具店(実家の仕事)の子持ち離婚女性・里枝(安藤サクラ)と好意を懐き合って結婚する。娘が生まれて数年後足を滑らせた直後に木が倒れて亡くなる。が、伊香保温泉からやって来た彼の実兄(真島秀和)は遺影は弟ではないと告げる。
 彼女は、その為離婚の時にお世話になった青年弁護士・城戸(妻夫木聡)に死んだ夫が誰であったか調査を依頼する。その過程で名前の交換に従事して来た服役中の詐欺師(柄本明)の存在が浮かび上がり、城戸は老詐欺師に翻弄されながらも、本物の谷口が別にい、やがて谷口を名乗った青年が殺人犯の息子という情報を掴む。
 同時に、城戸は詐欺師の差別発言やTVで放送されるヘイトスピーチの報道、義父の何気ない一言に、在日三世である出自を意識せざるを得ない。

死んだ男が別の名前を持っていたという設定は、エラリー・クイーンの本格推理「中途の家」でも出て来るが、本作には、名前の交換の背景に社会性を持たせたところに、「中途の家」とは違う面白味がある。社会派ミステリーと言って良い体裁で、主題は、差別に晒される、自分ではどうにもならない出自という実に深刻な問題である。映画(原作もそうであろう)は只管ここに視線を向けている。
 妻(真木よう子)により他人探しに懸命になり過ぎていることを咎められる主人公は、出自を消す為に名前を交換した人々に自分を重ねているのである。自分でもその理由が解らないと言うが、実は解っていたはず。

本作は、群像劇でなく、主人公の出自に関する気持ちを透かして見せる映画である。主人公以外の人々についてこれ以上深く掘り下げるのはマイナスにしかならない。

そして、映画的には、ここで終わるべきで、城戸が別人になりすまそうという色気を見せる幕切れは蛇足の感がある。出来るものであれば消してしまいたい在日三世という苦しみは厳然とあるしても、彼は現状で本物の谷口や彼を騙る人物Xとは違い、名前を変えずとも満足すべき成功した人生があるので、戯れてみたというだけならまあ良いが、本気で考えていたとしたら、作り過ぎという印象が禁じ得なくなる。
 その思いは彼の経験だけで容易に理解できるので、この曖昧な幕切れは作者たちの匠気以外に大した意味がないと思う。

差別は、ちょっとした不満を抱える人々の承認欲求の一方法だろう。実に下らない。昔、在日朝鮮人・韓国人排斥を正当化する政治的コミックを読ませられた。が、明らかな嘘があった。排斥運動に加わることになったヒロインは、帰宅後このデモをする日本人が加害者とされるニュースにビックリするのだが、当時日本の一般的ニュースが排斥運動をニュースとして取り上げることは一切なかったというのが事実。現に排斥している当事者が、TVニュースが全く取り上げないので、自分がYouTubeにアップしているのだと怒っていたのを憶えている。

この記事へのコメント

2024年04月13日 08:47
よかったです。ラストは酒場で居合わせた客とおしゃべりしてるだけなので、ちょっと言ってみただけなんだろうと受け取りました。冒頭にあのお店に飾ってある絵が出て、最後もお店の場面なのでまたあの絵が映るんですね。あの絵はおはなしを象徴しているようで、あの絵を見せたかったのかなあ、と。

最後に名刺くれる男性の名前が鈴木というのもちょっとおかしいんですね、鈴木さんにはわるいけれども、いちばん多いと言われてる苗字なので。
オカピー
2024年04月13日 20:29
nesskoさん、こんにちは。

>ちょっと言ってみただけなんだろうと受け取りました。

そう思うのが一番落ち着きが良いですね。
夢見が良いでしょう(笑)