映画評「窓辺にて」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2022年日本映画 監督・今泉力哉
ネタバレあり

韓国のホン・サンス同様、今泉力哉もエリック・ロメールに似ている。ホンは確か自らそれを認めていた記憶があるが、かつて今泉はロメールの映画は観たことがない(なかった)と言っている。
 彼らの映画では、一つの画面で二人(たまに三人、それ以上は滅多にない)いることが圧倒的に多い。本作で一番ロメールっぽい絵は、主人公のフリーライター稲垣吾郎が、芥川賞に相当するような著名な文学賞を獲ったばかりの女子高生作家・玉城ティナと対面するレストランの窓際の人物と事物の切り取り方だ。

彼は、彼女の書いた受賞作の登場人物のモデルと言うべき人々に会う。彼女のBFという最初の若者は高校生作家と釣り合わないまでに、頭が悪そうだが、次に会った伯父・斎藤陽一郎に、稲垣は思わず自分の悩みを打ち明ける。小説の編集者をしている妻・中村ゆりが担当する作家・佐々木詩音と浮気をしているのを知っても怒りがこみ上げて来ないこと、つまり妻に対して愛情がないのではないかという自身に関する悩みである。

以降、彼は語るに値する人々にそのことを語る。そのうちの一人が、記事の対象でもあったベテラン・サッカー選手の若葉竜也である。実は彼は引退したいことを告げられずに、(恐らくそれが遠因になって)浮気をしている。そして、実は彼の妻・志田未来はそのことに気付いている。
 稲垣が自らの悩みを話した時にその怒りの無さに激しく激した彼女が、後日、稲垣夫婦に夫の浮気について相談しに行く。

本作のお話として最も面白いのはこの部分であろうかと思う。相談者と被相談者が全く同じ問題で立場が入れ替わるという殆ど喜劇的と言っても良い面白さ、という以上に可笑しさに膝を打ちたくなった。未来ちゃんが激した理由も同じ立場にありながら怒らない稲垣に怒った理由がこれでピンと来るのである。

各人の諸事情故に怒るもとい起こる浮気を不道徳(つまり不倫)というのは、この個人主義の時代におこがましいと思うが、当事者が怒るのは愛情の裏返し(証明)であると考えれば主人公の当惑も解らないではない。
 しかし、映画は【怒り=愛情】という図式を素直に肯定はしない。それが妻の浮気相手である佐々木文士の “書かなかったことが愛情” という深い深い言葉である。遂に書いてしまった文士はそれによって恋(心)が過去になってしまったと感じたのである。
 実は狂言回しに位置するティナちゃんはフリーライターをモデルに新しい小説を書く。そこには、愛情故に離婚した妻の存在が記されている。

ロメールの作品に似てフランス流のコントという感じの滋味溢れる幕切れで、辞める(人や物と別れる)を通奏低音に登場人物の心理が緻密に描かれている。ちと長いが、なかなか気に入った。

稲垣吾郎が好演。スマップの連中は尽く俳優もやっているが、普通の人を演じられるのが彼しかいない。

結婚という安定を得た関係にありながら相手に嫉妬するのは嫌いだ。逆に、この主人公のように冷静な男は素晴らしいと思う。しかし、共に愛情があるのに別れるのは哀しい。

この記事へのコメント