映画評「月の満ち欠け」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2022年日本映画 監督・廣木隆一
ネタバレあり

鳩の撃退法」を映画で観てメタフィクションとしてなかなか面白いと思った佐藤正午の同名小説を廣木隆一が映画化したファンタジー。

1980年ジョン・レノンが死んだ頃、会社員・小山内堅(大泉洋)が大学の後輩・梢(柴咲コウ)と結婚する。1981年に生まれた子供・瑠璃が7歳の時に熱で浮かされた後言動が突然大人びて、小野洋子がジョンと共作した「リメンバー・ラヴ」を歌ったり、アキラくんという謎の名前を吐く(一応ぬいぐるみの熊の名前と誤魔化す)。
 片や、同じ頃29歳の謎めいた人妻・正木瑠璃(有村架純)が10歳近く若いバイト三浦哲彦(目黒蓮)と恋に落ちるが、程なく鉄道事故で亡くなる。彼女が好きな歌が「リメンバー・ラブ」で、彼の通称がアキラくんである。
 1999年青年実業家だった彼女の夫・竜之介(田中圭)が零落して、先輩のつてに頼って、堅の同僚となる。が、その直後に18歳になった小山内瑠璃(菊池日菜子)と梢が交通事故死する。
 2007年。彼女の親友で、今は7歳の名前も同じ子供・瑠璃のいる縁坂ゆい(伊藤沙莉)によれば、その事故死には正木が絡んでいる、彼の妻(や娘)と同じように。

というお話で、瑠璃という不幸に生れついた美人が死んだ後子供を選んで小山内瑠璃として生まれ、その死後(多分)先輩瑠璃と後輩瑠璃の共同作業のような形で縁坂瑠璃が生れて来た、というロマンティックな怪異譚の一幕だ。

僕は、かなりミステリアスな進行ぶりと、ジョン・レノンの死と早稲田松竹が実名で出て来たので、ひょっとしたら☆☆☆☆くらい付けられる作品になるやもしれぬと期待したが、縁坂ゆいによる回想辺りから調子が落ちて来る。

その前にジョン・レノンと早稲田松竹に舞い上がったか説明します。1980年ジョンの死に打ちのめされた頃の記憶は未だに強く、また、その頃早稲田松竹は僕が好きな名画座だったからだ。早稲田松竹は確か今も頑張って残っているはずで、僕がその頃観た作品は「ヘアー」(1979年)「ローズ」(1979年)「ピクニック」(1955年米)「愛情物語」(1955年米)。
 残念ながら、正木瑠璃が観た「アンナ・カレーニナ」は見ていないが、ヴィヴィアン・リー主演版はかかったことがあるような記憶がかすかにある。三浦哲彦(みうらあきひこ)は僕とほぼ同じ世代で、同じ時代にあの界隈に暮らしていたことになる。嬉しいではないか。

出てくる車もちゃんとあの頃の車だった。最近の監督はその辺りが実にしっかりしている。CGで再現できる場合もあるが、昔は山本薩夫など実にいい加減な監督がいたことを考えると、立派なものだ。車は時代を特定するのに僕にとっては一番だ。

ビートルズのオリジナル曲がなかなか映画に使えない時代にあって、ソロとは言えジョンの「ウーマン」がオリジナルで何度か使われるのも嬉しい。逆に、小野洋子の「リメンバー・ラブ」は YouTube でもオリジナル音源にて聴くことが難しい。洋楽は YouTube なら無償でほぼ何でも聴けることを考えると、こういうのは珍しいし、選曲が渋い。

閑話休題。

後半に至って、縁坂ゆいが生まれ変わりを信ずることの価値を主人公に滔々と説く辺りで少々説教臭くなるし、同じ組み合わせの三人に絡む、主人公が現在住んでいる実家のある八戸とゆいと娘の住む東京でのシークェンスの繋ぎが当初(時系列が逆転している為)少々解りにくい。ここは時系列通りに八戸⇒東京の方が良かったのではないか。
 三人を死に追い込んだ正木はその後どうなったか、という点も軽く触れておいた方が、大衆映画としては落ち着きが良い。

お話は、瑠璃が死んで別の瑠璃として生まれ変わったと考えるよりは、生まれ変わる為に死んだ、と考える方が遺族は勿論観客もぐっと救われた気分になる。ファンタジーであれば、そういう逆転の考えも悪くないだろう。お話の要綱を説明する、縁坂ゆいの台詞はもう少し婉曲的にしたほうがロマンティシズムを維持できたのではないかと思われ、つくづく残念に思う。

再来週(月末くらいか)「ウーマン」を収録した『ダブル・ファンタジー』を音楽ブログ【オカピーの採点表】で取り上げます。

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