映画評「Winny」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2023年日本映画 監督・松本優作
ネタバレあり

20年程前 Winny というソフトを巡り開発者が逮捕され、7年後に最高裁で無罪になった事件を憶えている。僕も2チャンネルを興味本位で閲覧し、たまに書き込みをしていた頃だ。

東大大学院で助手をしていた天才エンジニア金子勇(東出昌大)が、実際に起きた犯罪を基に、著作権法違反幇助のかどで逮捕される。その著作権法違反が彼が趣味で開発した Winny を介して起こったからである。
 これははっきり言ってナンセンスで、刀を作っただけの刀匠が逮捕されるようなものだ。第一審の裁判官は科学どころか常識にも疎い人々だったのではないかという気さえしてくる。通常は地裁のほうが粋な判決を出して僕を嬉しがらせ、最高裁が僕を幻滅させることが多いのだが、この事件ではまるで逆であった。

弁護団をリードするのは壇(三浦貴大)で、三顧の礼を尽くして(と言う程ではないが)加わって貰ったベテラン秋田弁護士(吹越満)を指導者として大いに活用して、形勢は有利と思われた。のだが、結果は上で示した通り。

映画史的にこの映画が今の日本で作られたことを感激した。何となれば、実話が実名で作られているからである。現在の日本では関係者に忖度して事件絡みのものは勿論、サクセス・ストーリーですら実名で登場人物や会社名、警察名、学校名が出ることが避けられる傾向にある。特に個人名は絶対的にないと言っても良いほどで、ほぼ実話の「Fukushima 50」は実名で作られていず、「新聞記者」では実際の政治的事件(森友事件)を匂わせるだけの全くのフィクションに仕立てられていたのを思い出すと良い。フィクションでも、実在する学校名や警察名など出て来ることはそれほど多くない。
 日本映画も昔はもう少し勇気があって、「真昼の暗黒」「松川事件」など最終結果が出ていない裁判映画が実名で作られたこともある。本作では主人公と壇という弁護士は実名であることが確認できている。それ以外は実名でなくても何の問題もない。別に無能の官憲を沙汰しても、実際の金子勇氏が仰ったように、何にもならない。

反面、作劇的には感心できないところがある。特に愛媛県警の裏金問題に一人立ち上がるベテラン巡査部長(吉岡秀隆)を出してきたことは良くない。Winny のおかげでその証拠が出てきたり、逆に著作権法違反幇助事件の弁護団がその事件に関心を持ちつつ方針を決めていくなどの関連があっても、それによって冤罪を巡る弁護団の奮闘という本流が強化されるわけでもなく、寧ろ作為性を感じさせてしまうである。この人物を取り上げたことで、もっと焦点を絞って即実的に事件に迫ることで生まれたであろう迫力(のある作品になる可能性)を殺いでしまったと思う。

無罪判決から1年7か月後に急死した時に姉(吉田羊)を出して来る辺りのセンスは良いが、欧米の調査報道ものと違って情に傾いて作りの甘さが目立つ。やはり県警をめぐる挿話は不要であっただろう。

日本映画が実名の調査報道もの(本作では弁護団が報道機関やジャーナリストに相当する)をどんどん作るようになれば、将来傑作も出て来ると思うが、最高裁まで益々政府に忖度するこの日本社会にそれが可能か?

部分的とは言え、トランプの脅迫を扱う映画がアメリカにはあった。暗殺された安倍元首相をテーマにすれば何本も映画が作れる気がするが、日本では政治事件をドラマ映画が扱うのはまず無理だろう。

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