映画評「東は東」

☆☆(4点/10点満点中)
1951年アメリカ映画 監督キング・ヴィダー
ネタバレあり

戦争花嫁の話は、日本では女性作家が興味を示して有吉佐和子「非色」など注目すべき小説が出ている。こちらはアメリカ人から眺めた日本人戦争花嫁のお話。

朝鮮戦争で重傷を負った軍人ドン・テイラーが、移送された日本で甲斐甲斐しく面倒を見てくれた看護婦・山口淑子が大いに気に入り、父親のない彼女の実家に出かける。
 祖父が変なこて試しをするもここは比較的すんなり行くが、彼の故郷であるカリフォルニアへ行くと事情が変わる。まず、義母と兄嫁マリー・ウィンザーが冷たく扱う。真珠湾攻撃への恨みを持ち、家族を失った地元民から全く歓迎されない。日系人は日系人で太平洋戦争中に差別されて収容所を送られた恨みがあり、白人農園主には近寄って来ない。

この辺りを背景に、テイラーの昔の恋人でもあるマリーが、義妹と日本人青年が一緒に彼の家に入っていったことを根拠に、彼女が産んだ子供の父親がその青年ではないかとあらぬ告発を農園の組合に送り、一家は追い込まれる。
 間に挟まれた山口淑子は子供を連れて家を出て、事情を知ったテイラーが懸命に探しに出る。

こんなお話で、一種の社会派としてではなくメロドラマとして見ると退屈な一編で、シャーリー山口こと山口淑子はともかく、ドン・テイラーはいつものようにと言うか名前のようにと言うか鈍(どん)くさくて魅力が薄い。

あくまでメロドラマ的な立場に留まる戦争花嫁問題以上に、日本人収容所の話が社会派作品として機能し、結果的に本国での本作公開の翌年(1952年)、日系米人の市民権が復活した。
 しかし、僕は、そういう実社会への貢献も映画としてきちんと作られていない限り、重要視しない立場である。ベテランのキング・ヴィダーが監督をしながら映画的な価値を見出せるところが殆どない。

例によってアメリカ人が現地で半ば想像だけで作り上げた日本はデタラメ(床=ゆか=という概念を知らず、猿を捧げるという野蛮な風習があるやに見せているところまである)で、当時の右派の中には怒る人がいただろう。その代わり、ヒロインの扱いは些か日本女性を美化しすぎのところがあるにしても、フェミニズムに凝り固まっていない限り、悪い印象を覚える日本人はいない筈。

「東は東」というタイトルはキップリングの詩から取られているが、ジョン・レノンは「ユー・アー・ヒア」で、東と西は決して出会わないというその詩から never だけを外して、必ず出会うと変えて歌った。

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