映画評「ニンフォマニアック Vol. 1」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2013年デンマーク=ドイツ=フランス=ベルギー=スウェーデン=アメリカ=イギリス=イタリア合作映画 監督ラース・フォン・トリアー
ネタバレあり

間断的に観ているラース・フォン・トリアー監督作品再び。今回は二部作の第一作で、明日も続く。

中年紳士セリグマン(ステラン・スカルスガルド)が、路上に汚れて倒れていた女性ジョー(シャルロット・ゲンズブール)を助けて家に招き入れる。ニンフォマニア(色情狂)を自認する彼女は、幼女時代から悪友Bと変態的な遊びをし、彼女と競い合って思春期後期(ステイシー・マーティン)に始まる男性との冷めた性交渉遍歴を語り始める。

日本では性器や陰毛はぼかされてしまうので何が何だか解らないショットが多くて面白味が半減するだけでなく却って猥褻であるが、話の理解に大きな影響はない。

近世の悪漢(ピカレスク)小説を思い起こさせる(マルキ・ド・サドもこの系列で、女性の語りという意味で「悪徳の栄え」が近い)構成なのがちょっとニヤッとさせるが、それに加えて先般僕も読んだ17世紀の著述家ウォルトン「釣魚大全」をベースに川釣りと男漁りを対比したり、バッハの名前がフィボナッチ数列から成り立っているなど、衒学的な要素をどんどん繰り出し、ポルノ的な面白味だけを求めて観始めた人にはともかく、相当変てこで楽しめる。

ヒロインが男漁りをするのは、彼女自身の話を分析すると、愛に関して人々が抱く観念の偽善性に対する反抗心なのではないかと思う。ヒロインが、エドガー・アラン・ポー同様に譫妄状態に陥った父親(クリスチャン・スレイター)と近親相姦までしまう辺り、外面的には相当変態的であるが、こういうのは心理分析の専門家でない者には(あっても?)解らないところが多い。

後のコメントは後編に預けます。

先日の「イディオッツ」と併せて解って来たのは、フォン・トリアーが、プルジョワ的理想主義の生ぬるさ、個人的にも嫌いなのであろうということ。

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