映画評「ニンフォマニアック Vol. 2」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年デンマーク=ドイツ=フランス=ベルギー=スウェーデン=アメリカ=イギリス=イタリア合作映画 監督ラース・フォン・トリアー
ネタバレあり
ラース・フォン・トリアーの問題作後編である。
相変わらずジョー(シャーロット・ゲンスブール)は、セリグマン(ステラン・スカルスガルド)に自らの性遍歴を語り続けている。
彼女(序盤ステイシー・マーティン、その後は現在と同じ)は性的関心を失ってしまい、サディズム男性K(ジェイミー・ベル)に打擲されることでそれを蘇らせようとするが、その為に家を空けることを夫君ジェローム(シャイア・ラブーフ)に咎められ、子供を連れて逃げられる。
そうこうするうちに借金取立て業?L(ウィレム・デフォー)に見込まれて現場のリーダー役になり、何年も見事に仕事をこなすうちに、やがて後を継ぐべき少女P(ミア・ゴス)を紹介される。
結局この少女が独り立ちし、取立て相手として再び現れたジェロームと懇ろになった結果嫉妬心が芽生える。ジェロームを殺そうとするが安全装置のあるワルサーは不発、相手に殴倒させられたところを、セリグマンに助けられたというのが事の次第。
かく話すうちに芽生えたのは性欲からの完全脱却であるが、逆に童貞セリグマンは性欲を芽生えさせて挑み、ジョーに撃たれる。死んだかどうかは定かではないが、ワルサーの扱いを含めて皮肉な幕切れと言うべし。
しかるに、本作の場合はこの皮肉が却って常識的かつ凡庸になる。アンチ常識をテーマとするこの映画ではそのまま静かに終わった方が平凡でないのである。この理屈が解りますか?
お話としてマルキ・ド・サド「悪徳の栄え」ばりのヒロインの語りの面白味が途中まで続く。それはステイシー・マーティンがヒロインを演じているところ辺りまでだが、それでは女優としての根性を出したシャーロットに失礼なので、文字通りサド的なシークエンスまで即ち取立て業に入るところまでと言っておきましょう。40年くらい前ニコラス・ローグの映画に出演するのは大変だと映画雑誌に書かれていたのを思い出すが、トリアーの映画はその比でない気がする。
二部作合わせた全体として凄味を感じるものの、印象としては竜頭蛇尾に近い。幕切れがつくづく惜しまれる。
竜頭鰐尾。
2013年デンマーク=ドイツ=フランス=ベルギー=スウェーデン=アメリカ=イギリス=イタリア合作映画 監督ラース・フォン・トリアー
ネタバレあり
ラース・フォン・トリアーの問題作後編である。
相変わらずジョー(シャーロット・ゲンスブール)は、セリグマン(ステラン・スカルスガルド)に自らの性遍歴を語り続けている。
彼女(序盤ステイシー・マーティン、その後は現在と同じ)は性的関心を失ってしまい、サディズム男性K(ジェイミー・ベル)に打擲されることでそれを蘇らせようとするが、その為に家を空けることを夫君ジェローム(シャイア・ラブーフ)に咎められ、子供を連れて逃げられる。
そうこうするうちに借金取立て業?L(ウィレム・デフォー)に見込まれて現場のリーダー役になり、何年も見事に仕事をこなすうちに、やがて後を継ぐべき少女P(ミア・ゴス)を紹介される。
結局この少女が独り立ちし、取立て相手として再び現れたジェロームと懇ろになった結果嫉妬心が芽生える。ジェロームを殺そうとするが安全装置のあるワルサーは不発、相手に殴倒させられたところを、セリグマンに助けられたというのが事の次第。
かく話すうちに芽生えたのは性欲からの完全脱却であるが、逆に童貞セリグマンは性欲を芽生えさせて挑み、ジョーに撃たれる。死んだかどうかは定かではないが、ワルサーの扱いを含めて皮肉な幕切れと言うべし。
しかるに、本作の場合はこの皮肉が却って常識的かつ凡庸になる。アンチ常識をテーマとするこの映画ではそのまま静かに終わった方が平凡でないのである。この理屈が解りますか?
お話としてマルキ・ド・サド「悪徳の栄え」ばりのヒロインの語りの面白味が途中まで続く。それはステイシー・マーティンがヒロインを演じているところ辺りまでだが、それでは女優としての根性を出したシャーロットに失礼なので、文字通りサド的なシークエンスまで即ち取立て業に入るところまでと言っておきましょう。40年くらい前ニコラス・ローグの映画に出演するのは大変だと映画雑誌に書かれていたのを思い出すが、トリアーの映画はその比でない気がする。
二部作合わせた全体として凄味を感じるものの、印象としては竜頭蛇尾に近い。幕切れがつくづく惜しまれる。
竜頭鰐尾。
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