映画評「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2015年アメリカ映画 監督ジェイ・ローチ
ネタバレあり
僕がドルトン・トランボの名を知ったのはまだ中学生だった1973年「ジョニーは戦場へ行った」の脚本・監督によってである。映画が余りに凄かったので原作も買った。
その僅か3年後に彼が亡くなった時に短い評伝で赤狩りの被害に遭ったことを知ったが、「ローマの休日」(1953年)の件は知らなかった。僕が、イーリア・カザンの赤狩り協力と共にそれを知ったのは今世紀に入ってからである。
そもそも僕は映画作品そのものにしか興味がないので、自慢ではないが映画関連の本は余り読まない。監督・俳優を問わず私生活その他は殆ど僕の守備範囲外であるため時々こうした無知を晒すことになる。
さて、松本清張の「日本の黒い霧」を読むと、終戦直後日本を支配したGHQにGSとG2の二派があり、アメリカ本国のソ連への意識が変わる共に反共のG2が権力を掌握したとある。そこで彼らが起こしたと噂されるのが三鷹事件や下山事件である。
当のアメリカ本土で、映画の道具係のストライキに賛同したことで、既に一流の脚本家と目されていたトランボ(ブライアン・クランストン)は、下院の非米活動委員会に目を付けられ、憲法の理由に証言を拒んだことから、議会侮辱罪の罪で服役することになる。さすがに思想を理由に逮捕できなかったわけである。
出所後は当然のようにまともな仕事がない為、細君(ダイアン・レイン)や三人の子供(長女はミドルティーン以降エル・ファニング)を路頭に迷わせないよう、盟友イアン・ハンターの名前で「ローマの休日」の脚本を書くなどした後、B級映画専門のキング兄弟(兄役ジョン・グッドマン)の為に猛烈な仕事量をこなす。これを他の脚本家仲間にも協力させる。
そのうちの大仕事がロバート・リッチの偽名で書いた「黒い牡牛」だ。これがアカデミー脚本賞を獲り、同時代からトランボが作者ではないかと噂になる。赤狩りが下火になった1960年にTVでロバート・リッチは自分であると告白する。恐らくその気にさせたのは、「スパルタクス」の脚本潤色を依頼しに訪れたカーク・ダグラスと「栄光への脱出」の脚色を依頼しに訪れたオットー・プレミンジャーの映画人としてあるべき勇気ある行動であろう。
反共の女性コラムニスト、ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)は「スパルタクス」公開ボイコットを扇動するが公開を止めるに至らず、映画は大ヒットし、やがてケネディー大統領の太鼓判も得、かくして映画界のマッカーシズムは終焉を迎える。
名誉を復活した1970年、トランボが愛妻に送った感謝の言葉がすこぶる感動的である。映画界の赤狩りを扱う作品として「真実の瞬間」(1991年)を上回る力作であるのは疑いようがないというだけでなく、家族への視線もきちんと描き込まれていて、良い後味を残す。
良心の俳優エドワード・G・ロビンスンが、ちょっとした悪役的な扱いとなっているが、彼の言葉には納得させられる。顔が商売の俳優は、スタッフと違って別名その他の手段に訴えられないというのである。トランボは納得しないが、同情します。金銭はともかく、映画俳優が映画に出られないのも辛いであろう。
NHKのBSが再編成されて1Kでは一本になった。とりあえず映画放映に関して本数が大きく減ることはなさそうだが、昔の充実ぶりが嘘のように寂しい中これが観られた。 事情があってWOWOWが買わなかった比較的新しい作品が3年に1本くらい出る。そういう時は素直に有難がる。注力している大リーグ中継はどうするのだろう? 4KがなくなったBSプレミアムの代りを務めるようだから、8Kが一部担うか? テレビ朝日系列のBS朝日が高校野球を4Kにシフトした。野球ファンは4K/8Kテレビを買えってか!
2015年アメリカ映画 監督ジェイ・ローチ
ネタバレあり
僕がドルトン・トランボの名を知ったのはまだ中学生だった1973年「ジョニーは戦場へ行った」の脚本・監督によってである。映画が余りに凄かったので原作も買った。
その僅か3年後に彼が亡くなった時に短い評伝で赤狩りの被害に遭ったことを知ったが、「ローマの休日」(1953年)の件は知らなかった。僕が、イーリア・カザンの赤狩り協力と共にそれを知ったのは今世紀に入ってからである。
そもそも僕は映画作品そのものにしか興味がないので、自慢ではないが映画関連の本は余り読まない。監督・俳優を問わず私生活その他は殆ど僕の守備範囲外であるため時々こうした無知を晒すことになる。
さて、松本清張の「日本の黒い霧」を読むと、終戦直後日本を支配したGHQにGSとG2の二派があり、アメリカ本国のソ連への意識が変わる共に反共のG2が権力を掌握したとある。そこで彼らが起こしたと噂されるのが三鷹事件や下山事件である。
当のアメリカ本土で、映画の道具係のストライキに賛同したことで、既に一流の脚本家と目されていたトランボ(ブライアン・クランストン)は、下院の非米活動委員会に目を付けられ、憲法の理由に証言を拒んだことから、議会侮辱罪の罪で服役することになる。さすがに思想を理由に逮捕できなかったわけである。
出所後は当然のようにまともな仕事がない為、細君(ダイアン・レイン)や三人の子供(長女はミドルティーン以降エル・ファニング)を路頭に迷わせないよう、盟友イアン・ハンターの名前で「ローマの休日」の脚本を書くなどした後、B級映画専門のキング兄弟(兄役ジョン・グッドマン)の為に猛烈な仕事量をこなす。これを他の脚本家仲間にも協力させる。
そのうちの大仕事がロバート・リッチの偽名で書いた「黒い牡牛」だ。これがアカデミー脚本賞を獲り、同時代からトランボが作者ではないかと噂になる。赤狩りが下火になった1960年にTVでロバート・リッチは自分であると告白する。恐らくその気にさせたのは、「スパルタクス」の脚本潤色を依頼しに訪れたカーク・ダグラスと「栄光への脱出」の脚色を依頼しに訪れたオットー・プレミンジャーの映画人としてあるべき勇気ある行動であろう。
反共の女性コラムニスト、ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)は「スパルタクス」公開ボイコットを扇動するが公開を止めるに至らず、映画は大ヒットし、やがてケネディー大統領の太鼓判も得、かくして映画界のマッカーシズムは終焉を迎える。
名誉を復活した1970年、トランボが愛妻に送った感謝の言葉がすこぶる感動的である。映画界の赤狩りを扱う作品として「真実の瞬間」(1991年)を上回る力作であるのは疑いようがないというだけでなく、家族への視線もきちんと描き込まれていて、良い後味を残す。
良心の俳優エドワード・G・ロビンスンが、ちょっとした悪役的な扱いとなっているが、彼の言葉には納得させられる。顔が商売の俳優は、スタッフと違って別名その他の手段に訴えられないというのである。トランボは納得しないが、同情します。金銭はともかく、映画俳優が映画に出られないのも辛いであろう。
NHKのBSが再編成されて1Kでは一本になった。とりあえず映画放映に関して本数が大きく減ることはなさそうだが、昔の充実ぶりが嘘のように寂しい中これが観られた。 事情があってWOWOWが買わなかった比較的新しい作品が3年に1本くらい出る。そういう時は素直に有難がる。注力している大リーグ中継はどうするのだろう? 4KがなくなったBSプレミアムの代りを務めるようだから、8Kが一部担うか? テレビ朝日系列のBS朝日が高校野球を4Kにシフトした。野球ファンは4K/8Kテレビを買えってか!
この記事へのコメント
確か腰痛が原因でバスタブにタイプライターを持ち込んで書いていたのとヘレンミレンの派手で嫌味な女っぷりが面白かったのを憶えています。
「ジョニーは戦場…」の本を第二次世界大戦前に書いていた事に目をつけられたんでしたか? それとも本当に一時期共産党党員だった?
「ローマの休日」の原題「Roman Holiday」 には当時のトランボの鬱屈した思いが込められていますね。
>ヘレンミレンの派手で嫌味な女っぷりが面白かった
こういうコラムニストは厭ですねえ。
最後は、ケネディー大統領にへこまされました。
>「ジョニーは戦場…」の本を第二次世界大戦前に書いていた事に目をつけられたんでしたか?
>それとも本当に一時期共産党党員だった?
「ジョニーは戦場へ行った」も出てきますが、最初の原因は道具係のストライキを応援したことだったと思います。逮捕されたのは証言拒否です。
共産党党員でしたけど、映画はそこには余り関心なかった感じです。
>「ローマの休日」の原題「Roman Holiday」 には当時のトランボの鬱屈した思い
そうですね。
ローマ帝国時代の休日の残酷な楽しみという意味もあり、面白いですよね。
ふと思いついたのですが昔、PPMが歌っていた「虹と共に消えた恋」(シューシューシュラル♫) と「悲惨な戦争」にジョニーが出てくるんですよね。
映画の影響があるんしょうか? (反戦の象徴のような?)
それとも単によくある名前なだけでしょうか?
久しぶりにPPMを聴いて、綺麗な歌声に心が洗われるようではありますが現実世界は悲しいことに60年前からちっとも良くはなっていませんね。
>PPMが歌っていた「虹と共に消えた恋」(シューシューシュラル♫) と「悲惨な戦争」にジョニーが出てくるんですよね。
>映画の影響があるんしょうか? (反戦の象徴のような?)
>それとも単によくある名前なだけでしょうか?
「ジョニーは戦場へ行った(ジョニーは銃を取った)」自体が、どうも第1次大戦時のスローガン Johnny, get your gun のパロディーらしく、反戦ソングの書き手たちも、トランボに続いてこのスローガンを皮肉って歌詞を書いたのではないでしょうか?
>現実世界は悲しいことに60年前からちっとも良くはなっていませんね。
1945年以降人類は少しずつ進歩してきた感がありましたが、今世紀に入ってまた昔に戻ってしまったようです。
ロシヤやイスラエルの個別の問題はともかく、アメリカが世界を混乱させてきたのは確かなようです。トランプがまた大統領になったら、世界はもっと混乱するでしょう。日本の為政者はアメリカ・オンリーの彼に対応できるでしょうかねえ。
私も少し調べてみました。「ジョニーは戦場へ行った」は1文字変えただけなのに直球で叩き返した感じがしますね。と言うことは「Roman Holiday」にも屈折した思いが込められていた事はたしかでしょう。こういう反骨精神、惚れぼれします。
PPMの「GONE THE RAINBOW」の元歌は17世紀頃のアイルランドの歌
「Jonny has gone for a soldier」のようです。youtube で探したらジェイムズテイラーなんかも歌っていました。
>ロバート・リッチの偽名で書いた「黒い牡牛」
この偽名はロバート・アルドリッチのもじりだった?
いい加減な記憶で申し訳ないのですが「ヒュード/確執 ベティvsジョーン」という「誰がジェーンを…」が出来上がるまでの内輪のゴタゴタを描いたドラマが面白かったのですが、そこでそんな話があったような、なかったような…(笑)
女の映画なんてチョー苦手なアルドリッチが泣く泣く撮らさせたのが「誰がジェーンを…」だったとか。スターチャンネルでやっていたので今はもう観られないかもです。すいません。
>「拳銃魔」
は観たことがないと思います。
アマゾン・プライムにありましたので、観てみます。
>17世紀頃のアイルランドの歌「Jonny has gone for a soldier」のようです。
ああ、ジョニーは、日本における太郎のように象徴的に使われていたという感じがしてきますね。
>>ロバート・リッチの偽名で書いた「黒い牡牛」
>この偽名はロバート・アルドリッチのもじりだった?
そうかもしれませんね。
「黒い牡牛」は、さほどマッチョではないですが、アルドリッチが監督しても不思議ではない気も。大分前に観たきりでよく憶えていませんが。
>ヒュード/確執 ベティvsジョーン」
へえ、そんなドラマがありましたか。
やはり、プライム・ビデオには影も形もありませんでしたTT
確かにジョニー、ジョン、ヨハンはキリスト教圏では1番多い名前かもしれませんし、音的にもメロディーに乗りやすいですよね。
今年古希を迎えて老いを感じる事が多くなりました。体が丈夫なだけが取り柄でしたがそれも心もとなくなってきました。
最近、「死ぬまでにしたい10のこと」ではなくて「死ぬまでし続けたい10の事」を考えています。
周りからも無理しなくて良いよ、と言われるのですが習い性というのでしょうか、やはり年末になればあれこれおせちを作りたくなってしまいます。
これもできる間はし続けたい事のひとつです。
では良いお年をお迎え下さい。
>音的にもメロディーに乗りやすいですよね。
そう言えば、女性歌手ジョーニー・ソマーズに「内気なジョニー」Johnny Get Angry というポップスがありました。Joanieなのでジョーニーとしておきます。
大瀧詠一「さらばシベリア鉄道」の元ネタとなった、ジョニー・レイトンの「霧の中のジョニー」Johnny Remember Me というのもあります。
その他多数という感じですね。
>今年古希を迎えて老いを感じる事が多くなりました。体が丈夫なだけが取り柄でしたがそれも心もとなくなってきました。
>最近、「死ぬまでにしたい10のこと」ではなくて「死ぬまでし続けたい10の事」を考えています。
僕は大分年下(1960年代初めの上の曲などを知っていると、どうも怪しいとまた言われそう)ですが、50肩に白内障・緑内障とそこらじゅうがガタピシです。
耳は今のところ12000Hzまで聞こえる(40歳程度)ので、まだ大丈夫。音楽を聴くには10000Hzを長くキープしたい。
一年間御愛顧戴き、有難うございました。
良いお年を!