映画評「淑女と髯」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1931年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり

小津安二郎サイレント映画の新音声シリーズ第2弾。尤も、アテレコに近い音声については20年程前に観ているのと同じよう。今回特別に加工したというわけでもないらしい。

剣道の大学生達人・岡田時彦が、ズべ公・伊達里子の強請から、タイピストの川崎弘子を助ける。そのまま友人の男爵令息・月田一郎の招きに応じて男爵家のパーティーへ向かうが、頬髯のバンカラ姿に妹・飯塚敏子を始め女性陣から総スカンを喰らう。
 川崎弘子の会社に就職できなかった彼は、後日彼女から “髯をそれば入社できる” と忠告されて実行した結果、見事に銀行に入ることができ、お礼に家を訪れる。
 岡田氏は銀行で正体に気付いたズべ公里子に呼び出されるが、それに動ぜず彼女を家に連れて帰り保護する。
 翌朝、髯なしのモダンな外見に惚れ直した敏子嬢が訪れるが、ズべ公里子を見て失望する。その後弘子嬢も訪れ、 “確信” している彼女はズべ公里子を見ても動じない。逆に、ズべ公里子が彼女に感服、更生を誓って部屋から出ていく。

女性の場合は眼鏡を取ってから大もてという構図があるが、こちらは風俗の変遷により価値観の変わった時代の空気を背景に、髯を剃って洋服に変えた途端に大もてという展開が笑いを誘う。
 基本的に保守的な小津監督としてはそこにすら多少の文句を言いたいところがあるようだが、時代の流れには逆らえないので、ズべ公の変心をここでも取り上げる。
 つまり、昨日の「非常線の女」の原形がここにある。あの映画のヒロインは家庭的なしっかりした女性の影響を受け、こちらの彼女は、 “確信している” 精神の強い真面目な女性に憧れて、 “髯” によって始まった(家庭的になろうとする)変心を確固たるものにするのである。

画面が特段綺麗に再生されていないのが残念だが、全てが始まった床屋のサインを何度も映す辺りに可笑し味があって、印象に残る。

人物の捉え方に同時代のハリウッド映画なかんずくエルンスト・ルビッチのような感覚が散見されている。明日アップする「東京の女」の原作者エルンスト・シュワルツは実は小津安二郎の偽名で、ルビッチへの表敬であろう。

新年早々大地震。震源の能登からかなり離れた群馬県でも結構揺れた。友人が石川県金沢市にいる。金沢は意外と高いので津波は大丈夫だろうが、震度5強くらいではあった揺れそのものに対してどうだったか気にかかる。

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