映画評「スープとイデオロギー」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2021年日本映画 監督ヤン・ヨンヒ
ネタバレあり

劇映画「かぞくのくに」を作った女性監督ヤン・ヨンヒが、家族を撮ったドキュメンタリーの最新作。
 「かぞくのくに」の放映時この作品の前段となるドキュメンタリー「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」を保存したが、未だに観ていない。今回隙間が出来た時に観てみようと思う。そのくらいこの作品にはぐっと来た(北)。

既に故人の父親は朝鮮総連関係者で、今回の主人公である母はその活動家。ヨンヒは自らアナーキストと称するように体制には与しないし、三人の兄を奪った北朝鮮を憎んでいる。兄たちを北朝鮮に送った母親(オモニ)に対しても憎しみがある。
 しかし、日本生まれで戦争時に疎開した済州(デジュ)島で、出来たばかりの韓国の国軍と右翼団体が暴動鎮圧の名目で無関係の住民すら殺した惨殺事件である4・3事件に遭遇し、18歳の身で弟と妹を連れて大阪に逃げ帰ったオモニの経験を知ることで、母親が北朝鮮に傾倒していった心情に納得する。
 4・3事件を調べている韓国の調査団に対して明朗に話していたオモニは、それが引き金になったか、アルツハイマーを発症して、幻想の中で故人たちと過ごす時間を増やしていく。

自らナレーターを務めるヨンヒの説明で興味深かったのは、“(母親は)時間軸を失っている”“(母親の頭の中には)同じ人間が何人もいる”という発言で、アルツハイマー患者の頭の中はSF映画的である、ということに大いに納得するところがあった。

題名の【スープ】は家族(あるいは個人)を、【イデオロギー】は勿論政府の思想(あるいは国家)を象徴する。
 メディア関係者の荒井カオル氏(本作のプロデューサーでもある)を夫に迎えてオモニと過ごす時間を描く前半は正にスープであり、三人で済州島の式典に参加する模様など後半はイデオロギーという具合に、大きく二つに分けられるが、勿論後半にはスープとイデオロギーが不可分となる部分があり、その間にそこはかとなく表現される個人の揺れる思いに僕は大いに感銘させられた。

ヨンヒがアナーキスト(彼女の言うそれは、個人主義者くらいの意味だろう)となった理由もその過程で解る。僕は彼女と違ってアナーキストというよりは近年 “国家は幻想である” という意見に傾いている。勿論国があって僕の現在の平和な生活があるのは解っているが、国を理由に対立する政府がある限りその政府以上に国という存在に疑問を呈しているという意味である。
 その意味でのナショナリストを僕は嫌悪する。反対の意見にも耳を傾けることの多い僕だが、国家への嫌悪がそこに属する庶民にまで及んでしまう場合その考えを受け入れることはできない。

姻族に中国人(漢民族ではない)が加わった。甥は元々外国人の友人が多く、可能性はなくはないと思ってはいたものの、現実となるとは。姉はナショナリストだが、個人は個人と分けて考えているようだ。我々庶民は国家に翻弄されるものである。心しておかねばならない。

この記事へのコメント